2019年01月18日

熊野古道中辺路2日目

朝5時前に起きて、6時15分にヘッドランプで出発。寒かったので雨具の上下を羽織って歩き出した。



歩き出してほんの少しの所に水場があった。明るかったら見えていただろう。そして、ほどなく石畳の道になった。

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不気味な池は高原池。写真ではよく見えない。ずっと登り基調で早くも暑くなってきたので雨具を脱いだ。

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大門王子。

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稜線の向こうに陽が昇ってきた。私が山で一番好きな時間帯。

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十丈王子。平安・鎌倉時代は重點(じゅうてん)王子と呼ばれていた。

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小判をくわえたまま、飢えと疲労のためにここで倒れたという巡礼を弔ってまつられた小判地蔵。

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悪四郎屋敷跡、上多和茶屋跡を越えて、大坂本王子。

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R311 がすぐそばに迫ってきて、道路の反対側に道の駅・熊野古道中辺路が見えた。先を急ぎたいのでパス。

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そしてようやく牛馬童子像に到着した。実は明治時代に造られたものらしい。

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時間は9時ちょっと過ぎ。思ったよりも順調に進んでいる。トレイル区間の方が標準コースタイムがゆるい感じがする。ひょっとしたら継桜王子10時の関門に間に合うかも・・・。ほとんど諦め気分だったのが、ちょっと希望が蘇ってきた。

展望台から近露の集落を見下ろす。

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近露王子には9時15分に到着した。

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しばらく車道を行って、比曽原王子。

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そして関門の継桜王子に10時7分に到着した。

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ここで茶屋の前のベンチに座って補給しながら、これからどうするか思案した。リタイアするのならここが最終ポイントになる。

ここから熊野本宮大社までの標準コースタイムと最終バスの時刻までの時間はまったく同じ6時間30分。トレイル区間ではわりと短縮できていて、滝尻王子からここまでの標準コースタイム6時間50分のところを5時間半ほどで来ている。アクシデントさえ無ければ間に合いそうだけれど、余裕があるとは言えない。

もしここでリタイアしたら再挑戦するかどうかは微妙なところだ。紀伊田辺から滝尻王子までの車道区間はもう歩きたくない。しかし滝尻王子スタートの再挑戦ではやはり満足感に欠けるだろう。熊野速玉大社まで行くのであれば話も別だけれど。

もうあと30分早く出発していれば迷うことは無かったのだけれど、今となっては後の祭りだ。

やはり覚悟を決めて行くしかないだろう。まるで関門に追われるトレランレースのようだけれど、久しぶりにそういう気分を味わうのも悪くは無い。そういう状態だからこそ 100% の力が発揮できるということもある。それに正月早々、連続敗退というのは何としても避けたい。

10時20分、熊野本宮大社に向かって出発した。

しばらく車道を行く。まずは中川王子。しかし本当の王子跡は山道を少し登っていかなければならないのでパスした。

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お次は小広王子。ここも同様、山道には上がらず。すでに肩の裏側がかなり痛い。

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このあと山道に入って、しばらく登って熊瀬川王子。このあたりで反対向きに歩いているパーティに出会った。山道で他のバーティに出会ったのは今回初めて。

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どんどん下ると車道に出た。ところがここから先が通行止め。実は 2011 年の台風での被害とのこと。

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そう言えば案内に一部迂回路があることが記載されていた。本道との合流地点まで1時間半と書かれている。案内の標準コースタイムは本来の道で書かれているので、実際には迂回分をプラスして考えなければならない。さて、どれくらい余計にかかるのだろうか。こんなに長い間通行止めになっているのであれば、ネットで公開している案内は最近のコースで記載しておいてほしい。

いずれにしてもここまで来たら先に行くしかないので車道を進む。このまま車道で行くのかと思ったら、トレイルに入る道標があった。以外としっかりした道で、ずっと以前からあった道ではないかと思う。それにしても登りがずっと続く。

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関門時間が気になってきたけれど、ここはあせらずにじっくり歩く。ロングトレイルを最短時間で歩くコツは、体力を消耗するような登りはあまり頑張らずに、平坦や緩い下り道、そして林道でペースを上げること。登りで頑張っても実はそれほどの時間短縮にはならない。

と思ってじっくり構えて登って、峠を越えて下りになったところで一息ついて大福休憩にした。そこでコースタイムを確認したところ、この先、本道に出会うまでどのくらいかかるのかがわからないのだけれど、ざっくり関門時刻から 30 分くらいは遅れている感じだ。

ギアチェンジして急いで下って、その後の林道部分は小走り。またトレイルに入って、迂回路に入ってから約1時間で本道合流地点手前の蛇形(じゃがた)地蔵に着いた。

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ほどなく本道に合流。

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少し行って湯川王子。おおむね標準コースタイムくらいまで戻っていた。ちょっと安心した。

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この後、三越峠(みこしとうげ)までの登りは九十九折れで苦しかった。

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次の目標は船玉神社なのだけれど、ここに向かう古道がまたもや通行止めになっていた。これは昨秋の台風の影響のようだ。林道をそのまま進む。重荷がこたえるので時々腕を後ろに回してこぶしでザックを支える。

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迂回路ということになっているけれど、時間的にはショートカット。三越峠から1時間、2時前に発心門(ほっしんもん)王子に到着した。

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標準コースタイムであと2時間くらいのところ、最終バスまで2時間 40 分あるので、もう大丈夫だ。一気に気が楽になった。

ここからはずっと車道で猪鼻(いのはな)王子。王子跡には多くの場所でこのような水飲み場や水道がある。

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トレイルになったかと思ったらまた車道になって、思い出の果無山脈(遠方の山脈)。

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そして伏拝(ふしおがみ)王子。

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3時7分、小辺路との合流点の三軒茶屋跡に到着した。ここははっきり覚えている。時間があるのでベンチでパウンドケーキを食べた。

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小辺路で来た時はここから先は観光客風情の人たちがたくさんいたけれど、今日は真冬のせいか誰にも会わない。

車道に下りて、最後の祓殿(はらいど)王子。

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3時48分、熊野本宮大社の裏門に到着した。

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中は撮影禁止なので写真は無し。無事到着したお礼に本殿でお参りした。もっと感激するかと思っていたけれど、それほどでもなかった。小辺路の時の方が満足感が大きかったように思う。

石段を下りて正面の山門に到着したのは3時55分だった。

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ここの前にあるバス停を見ると、誰もいない。本当に便があるのか心配になったけれど、時刻表を見ると間違い無い。

時間があるのでバス停に荷物を置いて大鳥居まで行ってみた。日本一の高さ(33.9m)で、大神神社の大鳥居(32.2m)よりも大きい。ただし平成12年完成の鉄筋コンクリート製で、大神神社の大鳥居も昭和61年。歴史的価値は現時点ではまだ無いと言ってもいいでしょう。

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明治22年の水害まではここの先の大斎原(おおゆのはら)に社殿があった。

バスは定刻(4時40分)をちょっと過ぎてやってきた。乗客は私以外は出発直前にやってきた中国人らしき女性二人連れだけ。この二人も少し行った温泉で下りて、その近くの温泉で男性客が一人乗ってきて、田辺の市街地に近づくまではずっと乗客二人だけという状態だった。

2時間10分ほどかかって、前日出発した紀伊田辺駅に戻ってきた。

gps のトラックによると今日のコースは約 33km。二日で 64km ほど歩いた。古道を楽しむというよりは関門に追われるトレランレースのようになってしまったが、あまり文化的な素養のある人間ではないので、自分としてはこういうのが一番楽しい。

中辺路はこの先まだ熊野那智大社、そして熊野速玉大社まで続くけれど、これをやるかどうかはちょっと微妙。気が向いたらということにしておこうと思う。
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2019年01月15日

熊野古道中辺路1日目

せっかくの3連休。特に日曜日と月曜日は天気も良さそうなので、久しぶりにテント泊で出かけたいと思った。しかしさすがにこの時期に積雪のあるようなまともな山は気が向かない。さりとて街中歩きでは芸がなさ過ぎる。

そこで思いついたのが熊野古道の中辺路(なかへち)。

2年前に小辺路を歩いた時から中辺路の事は知ってはいたけれど、車道部分が多そうであまり惹かれなかった。しかし今回の目的にはかなり合致しそうだ。標高も高くて 700m 未満程度なので、雪が舞うことはあっても積雪は無いだろう。

紀伊田辺から新宮までの全コースだと 130km くらいになるけれど、よく歩かれているのは滝尻王子から熊野本宮大社までの約 40km。紀伊田辺からスタートすれば 60km 少々ということで、2日行程にはちょうどいい感じだ。小辺路よりは若干短く、アップダウンも少ない。

ただ、アプローチが遠くて、しかも時期的に日照時間が短いので、実質行動時間は限られる。さすがにこういうコースで夜間ヘッドランプ歩行はやりたくない。

それと、小辺路の時は5月だったのでシェルターと薄いシュラフで何とかなったけれど、この季節は標高が高くなくてもしっかりしたテントとダウンのシュラフでないと不安だ。当然、荷物は重くなる。結果的には荷物は 11kg くらいで収まったけれど、体感的にはずっしりと重い。

早い時間は特急列車が無いので、5時3分の始発で出ても紀伊田辺に到着したのは 10 時前だった。



小辺路の時の帰路以来の紀伊田辺駅。駅前で準備をして、出発したのは 10 時 15 分だった。

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ハナから改札口は駅の北側と思っていたので、出発早々、反対方向に歩き出してしまった。地図にははっきり南側になっているというのに、何たること。gps のおかげですぐに気が付いた。

コースガイドに記載されているように、秋津王子に寄るために会津川を渡る。

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ちなみに「王子」とは「王子社」のことで、熊野の神様の御子神(みこがみ。子にあたる神のこと)が祀られているところで、参詣者の休憩所でもあった所のこと。中辺路の道中にたくさんある。

平坦な道なのでちょっとジョグにしてみたが、すぐにやめた。とても続けられないと感じたし、ムリに続けたら後でとんでもないことになりそうだった。

実は 30 年くらい前に、テントとシュラフ、コンロを担いで3日間で琵琶湖を一周したことがある。確か年末だったように思う。琵琶湖一周は 180km くらいあるので、1日目と2日目は 60km 超を進んだはずだ。

食事は現地調達だったものの、山岳テントに今より重いシュラフ、ガスコンロだったので、荷物の重さは今日のものとほとんど変わらなかったはずだが、途中で店に入って食事をしたりしていたので、走る時はキロ6分くらいだったと思う。

キロ6分なんて今なら練習会でトラックを走る時でもそんなに楽なペースではない。フルマラソンで4時間10分くらいのペースなので、大阪マラソンなどではこれくらいのランナーが一番多いのではないだろうか。

そんなことを思い出しながら好天の車道を先を急いで歩いた。

出発して 30 分足らずで秋津王子に到着した。下調べでわかってはいたけれど、元の本当の場所がどこだったのかは今はもうわからないとのことで、わざわざ立ち寄るほどのものではないのだけれど、まぁせっかくなのでついでに・・・という程度のこと。単なる自己満足です。

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ひたすら車道で次は万呂王子。単なる道標にしか見えない。

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次に三栖王子を目指すが、ようやく古道らしき道に入った。

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三栖王子跡。

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王子跡にはだいたいこういうデザインの標識が立っている。じっくり読んでいると時間がかかるので、写真を撮ったら先に進む。ここではそばで大福休憩にした。

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しばらく古道を行く。どうもあまり歩かれていない様子で、枯れ枝などで結構道が荒れている。

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南方熊楠山中裸像撮影場所。

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不明瞭な道を辿って新岡坂トンネルの先で車道に出て、八上王子。

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ここの旧道トンネル越えで結構時間がかかったので、稲葉根トンネルは車道を行く。

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トンネルを出たら稲葉根王子。

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富田川左岸の車道から少しそれて、一瀬王子。ここでおにぎり休憩にした。そろそろ肩の裏側が痛くなってきた。

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おにぎりを食べながら地図を見ていたが、どうも期待していたほど行程が進んでいない。今回のコースは2万5千の地形図を A4 サイズで6ページ(3枚)にプリントしてきたのだけれど、何とか今日中に3ページ目の最後くらいまでは進んでおきたい。明日は帰りの最終バスの時間が決まっているので(4時40分)、何が何でもその時間までには熊野本宮大社に着かなければならない。

そんなわけでこの先、富田川右岸に渡って少し登って行くルートをやめてこのまま左岸を進んで、鮎川王子だけ橋を渡って寄ることにした。

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鮎川王子が合祀された住吉神社。

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このあとしばらく車道を進んで、藤原定家の歌碑を過ぎると古道になった。

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川の右岸には交通量の多い R311 が見えるので、ちょっと不思議な雰囲気。対岸に道の駅があるけれど、立ち寄ることはできない。

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車道に出て R311 を渡って右岸に移って、清姫の墓所。清姫がどういう人なのか、私はよく知りません。

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そのあと単調な車道を淡々と進んで、午後4時15分、6時間かかってようやく滝尻王子に到着した。ここまで 26km くらい。

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ここから本格的な古道が始まる。しかし日没までもう1時間も無い。持ってきた地図の2ページ目がようやく終わったあたりだ。3ページ目の終わりまで行くことは到底不可能なので、今日の目標を高原熊野神社にした。ここは水があるらしい。明日の行程はかなり長くなってしまうが仕方無い。

パンを食べて、4時半に出発した。念のために水を 1L ほど詰めておく。ここからは 500m 毎に標柱がある。ここが起点。

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いきなり急な石段が始まる。

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少し上がると胎内くぐり。時間があればザックを下ろしてくぐってみたいところだけれど、そんな時間は無い。

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そして乳岩。昔、奥州の豪族・藤原秀衡(ひでひら)とその妻が熊野詣でに来た時、ここで妻が産気づき、この岩屋で出産したという伝説がある。
夫妻は赤子をここに残して熊野に向かったのだが、その子は岩から滴り落ちる乳を飲み、狼に守られて無事だったので、奥州へ連れ帰ったと伝えられている。

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さらに登って、不寝王子(ねずおうじ)。

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少し道がなだらかになってきたけれど、またこの先にはしっかりした登りが待っていた。そろそろ薄暗くなってきた。

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飯盛山展望台はカットして先に進む。5時半近くになって、ついにヘッドランプの登場となった。そして車道に出た。

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実は車道に出たらすぐに反対側の古道に入らなければならなかったのだけれど、暗くて気が付かずにそのまま車道を進んでしまった。地図を見るとこのまま進むと先で合流するので、もうそのまま進む。

標識に従って横道にそれると、細い急な登りの石畳の道になった。

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ひょっとしたら高原熊野神社は過ぎてしまったのではないかと思ったら、車道に合流した所に標識が立っていた。案の定、400m も行き過ぎていた。古道沿いにあったのかも知れない。

ちょうどこのそばに涸れた芝生の広いスペースがあって、絶好のテント場だ。夕食分の水はあるし、さっき登ってくる途中に送水パイプのようなものから水があふれている所があった。6時前、今日のねぐらはここにする。

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帰ってから gps のトラックを確認したら、31km ほど進んでいた。一般的にはハイキングや登山の案内表示は実際の距離よりも長めに表記されていることが多いけれど、和歌山県が提供している中辺路の案内は実際の距離より短く表記されているようだ。標準コースタイムよりは早かったけれど、それにしてもわりと厳しいタイム設定だと感じた。

夕食後に地図を眺めていたが、まだ全体の4割くらいしか進んでいない感じだ。最終バスまでに熊野本宮大社まで行くのはかなり厳しそう。地図4ページ目終盤の継桜王子(つぎざくらおうじ)は R311 のバス停が近いようなので、ここがゴールになるかも知れない。ここを過ぎると途中敗退はできなさそうだ。この先、熊野本宮大社まではまだ 22km くらいあって、標準コースタイムは6時間50分となっている。もし10時までに継桜王子に着いたら先に進もうと考えたけれど、かなり厳しそうだ。

夜中にトイレで外に出たら、素晴らしい満天の星空だった。すでに月が沈んでいるので、目のいい人なら天の川が見えたかも。
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2018年07月20日

鈴鹿縦走3日目 御在所山から綿向山

夜は薄いシュラフに入ってちょうどいいくらいの気温で、熟睡することができた。

昨夜もそうだったのだけれど、深夜にシカがテントのすぐそばまでやってきて、鳴き声を上げてしばらく様子を窺っていた。シカなので襲ってくるようなことは無いと思うけれど、あまり気持ちのいいものではない。



昨日よりは少し早く、5時25分に出発した。今日も暑くなりそうだ。しかし2本ずつ持ってきたビールと日本酒、そして食料もほとんど無くなって、背中は軽い。

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しばらく舗装道路を歩いて、石段を上がって御在所山山頂(1209.4m)へ。

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しかし真の最高地点はここから少し先に見える所にある。

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当然、こちらにも立ち寄る(1212m)。

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西側にはこれから向かう雨乞岳。

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武平峠へは下らずに、主稜線から南西に下る不明瞭な道を目指す。この道は長者池のそばから出ているので、まずは長者池へ。

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池のそばの木に古いテープが巻かれていたので、これが目印かと思ってその方向に入ってみたけれど、すぐに道は無くなった。それにこの方向は沢筋で、目指す道は尾根筋のはずなので、ヤブの斜面を適当に尾根に向かって上がったところ、御岳大権現(おんたけだいごんげん)に出た。ここには木曽の御岳権現の分霊が祀られているらしい。

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ここの裏あたりに道があるはずと思って背後に出たところ、テープマークを発見。この道が見つけられるかどうか心配だったのだけれど、これで一安心。その後はテープマークに導かれてのんびりと下って行った。

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30分ほどで武平峠の下から東雨乞岳に向かう道に合流した。ここから東雨乞岳へはなかなかタフな登りが続いた。歩く人が少なそうで、踏み跡も所々不明瞭な部分がある。1時間15分くらいでようやく開けた稜線部分に出て、雨乞岳が見えた。

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7時54分に東雨乞岳(1225m)に到着した。

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雨乞岳(1237.7m)には8時5分に到着した。鈴鹿山脈2番目の標高の山で、今回の最高峰。個人的にも初めてだ。

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東側には昨夜を過ごした御在所山。右の突起は鎌ヶ岳。

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これから先が今日のふたつめの不安ポイント。綿向山まで不明瞭な破線ルートになっている。大峠への道標に従ってヤブ原に突入したが、それはそれはとんでもない状態だった。地面には数十センチ程度のヤブが苅られた道があるとは言うものの、背丈くらいの濃いヤブに覆われていてどこが道なのか目ではまったくわからない。

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ヤブをかき分けて足元の道を確認しながら一歩一歩進むという感じで、いったいいつまでこれが続くのだろうかと不安になる。

しかしこんなに濃いのはほんの数分程度で、ほどなくうっすらと道が判断できるくらいの丈になった。

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またこんなヤブが出てこないことを祈りながら足を進めたが、このあたりは展望の開けた気持ちいい稜線歩きだった。ただし暑い!!

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そして清水頭に到着。

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このあとは次第に樹林帯に入って、最後は一気に下って大峠に出た。ここが雨乞岳と綿向山の間の峠。

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綿向山への登りの道はよくわからなかったが、方向を見定めてしばらく登ると古いテープが出てきた。

次第に傾斜がきつくなって、木の根などをつかまないと上がれないくらいの斜面が続く。さらに稜線の左側はこんな斜面。

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稜線の少し右側の斜面を這うようにテープマークがあったけれど、あるところで先のテープが見えなくなった。踏み跡もわからない。直登は難しそうに見えたのでトラバース気味に進んでみたけれど、どうにもおかしい。また戻ってそのあたりをうろうろしてみたけれど踏み跡は不明。先ほどのトラバースをさらに進んでみたところ、斜面が崩壊してとても進めない場所に出てしまった。

これは困った。ルート的に、安全な場所に戻るとしたら雨乞岳まで戻らなければならない。大峠からは簡単に下れる道が無い。雨乞岳まで戻っても公共交通機関があるのは一番近くて三重県側の湯ノ山温泉。そこまで行くとしたら5時間くらいかかるだろう。何が何でも前に進むしかない。写真を撮る余裕などまったく無い。

gps のルートからはさほどはずれていないので、また戻って急斜面を這いずり上がって稜線に向かって進んだところ、踏み跡に合流できた。胸をなで下ろした。

ほどなくイハイガ岳(964.1m)に到着した。立派な標識が場違いな感じ。

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ここから先は穏やかな稜線になった。暑さは厳しかったけれどこれで最後の山場を越えたという感じがして、気分的に余裕が出てきた。

遙か彼方に見えた綿向山も指呼の距離に近づいてきた。左奥が綿向山。

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竜王山への分岐に出て、もうあと一息。

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ブナの珍変木。気持ちに余裕が出てきたのでくぐっておいた。

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綿向山の山頂はすぐそこ。滅多に無い心の高ぶりを感じた。

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11時18分、綿向山の山頂(1110m)に到着した。

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東側の奥に見えるのは御在所山かと思ったら実は雨乞岳だった。御在所は雨乞の後ろに隠れている(雨乞の方が標高が高いため)。あそこから3時間少々で来たというのは自分でもちょっと意外な感じがした。

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気分的にはもう終わった感じだけれど、ここは標高 1000m 超なので、まだたっぷり下りが残っている。しかし道はしっかりしているはずなので不安は無い。

少し下った所に金明水。がぶ飲みして、ボトルを満タンにした。

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緩い傾斜のつづら折れが続く。こういう道は気持ちが緩むので意識的に気を引き締める。

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行者コバでは消防隊員が訓練をやっていた。祝日だと言うのにご苦労様です。

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うんざりする単調な道を1時間10分ほど下って、登山道末端のヒミズ谷出合小屋まで来た。

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しかしまだ車道がたっぷり残っている。下界に下りてきたので気温はさらに高い。御幸橋では河原で水遊びをしている家族連れが何組かあった。

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昼下がりの炎天下の車道歩きは苦行以外の何物でも無い。平日は一日何本かのコミュニティバスが運行されているけれど、休日は歩くしかない。体力的にはこの3日間の中で一番苦しかった。

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近江鉄道バスの北畑口に着いたのは1時36分だった。3日間の鈴鹿縦走が完成した。感無量だった。

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ここから近江八幡駅へのバスは1時間に1本ある。次は2時24分。待合室の陰で濡れタオルで身体を拭いて着替えて、自動販売機でコーラを買ってカロリーメイトで小腹を満たせた。

昨年の小辺路で久しぶりに山中1泊をやったけれど、山中2泊というのは本当に久しぶりだった。山スキーで麓にベースキャンプのような形でテントを張って複数日過ごしたことはあったけれど、テントを背負って次のテント地まで歩くというのはいつ以来か思い出せないくらいだ。

それにも増して今回、大きな満足感が得られた要因は、この酷暑で最後まで歩き通したこと。

私は昔から暑さが苦手で、若い頃は夏になると食欲が落ちて体重を減らしていた。とは言ってもその頃は暑いと言ってもせいぜい33度くらいで、今のような酷暑ではなかった。アルプスなどの涼しい高山に行っても食欲が出ず、まともに歩けずに下りてきたこともある。

今回、途中敗退にならずに済んだ原因は、途中下山後の交通機関の不便さが最大の歯止めになったのだけれど、それにしても何とか最後まで歩ききる気力と体力があったということは素直に喜びたいと思う。

ただし歩くスピードは期待したほどでは無かった。今回は暑さの影響があるにせよ、昨秋の黒部五郎や今春の乗鞍などにしても、おおむね標準コースタイム10時間くらいのコースを8時間くらいで歩くというのが一日の行動の基準という感じがする。

次に泊まりで行けるのは秋になりそうだけれど、このあたりを基準にコース設定しようと思う。
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