2018年09月10日

石清水八幡宮

先の週末は天気が良ければ遠出を考えていたのだけれど、生憎の雨予報。しかも先日の台風21号通過で近場の山の状況はよくわからない。おそらくかなり荒れているだろう。

日中の雨はそれほどではなかったので、土曜日の午前中は陸上クラブの練習会へ行って、日曜日(9/9)は石清水八幡宮へ行くことにした。

石清水八幡宮は30台の全盛期の頃は毎週の様に練習に通った場所なのだけれど、いつも走り抜けるばかりで、ゆっくりと中を歩いたことが無い。いつの間にやら国宝になっていて、京都市内を眺められる展望台があるということをつい最近知ったので、そのあたりを散策してみようと思った。



家を3時に出て男山に向かう。

丘陵地の稜線にあたる場所にちょうど車道が通っていて、そこが石清水八幡宮に向かって若干の登りになって、クロカン走のような練習ができる。ただし信号が何カ所かある。

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最後にひと登りして駐車場のエリアへ。このあたりは竹林。

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男山の竹林と言えばエジソン。エジソンが発明した電球のフィラメントに男山の竹が使われたのは有名な話。

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久しぶりに眺めたのだけれど、昔はこんなんじゃなかったような気がする・・・。

そして本殿へ。

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たいていの神社では本殿の前に拝殿があるのだけれど、ここは拝殿が無い?

展望台へ行こうとしたところ、分岐が半分通行止めになっている。そばで仕事をしていた人に尋ねてみたら、展望台へは行けるけれど下には下りられないとのこと。

展望台から比叡山。

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愛宕山は雲の中。

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谷崎潤一郎の文学碑。

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当初の予定ではここから八幡市駅の方に下りて、淀川の河川敷を走って帰ろうと思っていた。しかし裏参道は悲惨!!

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さすがにここに突っ込もうとは思わない。そばの灯籠も大きな被害。

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これでは来た道を戻るしかないかなと思った。鳩ヶ峰から八幡市駅に下りるというルートもあるけれど、道の状態が心配だ。

表参道はどうかと思って覗いてみたところ・・・。

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どうもすでに整備されているようだ。もし荒れているのであればここに通行止めの表示があるはず。

濡れていて滑りやすい石段をゆっくりと下りて、無事正面まで下りてきた。

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八幡市駅はすぐそば。

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会社員時代に久御山の事業所に通っていた頃は朝はこの駅で降りて、御幸橋を渡って木津川沿いのジャリ道を走って行った。帰りはここで電車に乗るか、時間のある時や走り込みの時期は家まで走って帰った。と言ってもたかだか 12 〜 13km くらいだったと思うけど。

そう言えば台風で背割の桜が何本か倒れたとかニュースで言っていた。

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会社員時代には背割の桜なんて無かった。

あとは単調な河川敷の道を淡々と家に向かった。雨が降ったり止んだり。思いがけず陸上クラブの人が走っているのと遭遇した。

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約 20km。2時間半ちょっとののんびりジョグでした。
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2017年09月19日

藤原京跡から吉野宮滝 〜 持統天皇吉野行幸の道

三連休は台風 18 号が日本列島を縦断した。しかし関西エリアは日曜日の夜中に通過して、月曜日(祝日)は好天が期待できそうだった。

そこで、かねてから構想していたけれど、暑さのために回避していたコースに行ってみることにした。台風で山道は荒れていることが予想されるので、ほぼ下道というコース。

飛鳥時代の歴史を眺めていると、斉明天皇が宮滝に離宮を造営して以降、代々の天皇がここを訪れている。

特筆されるのは持統天皇で、夫の天武天皇が崩御してから孫の文武天皇に譲位するまでの 11 年間に 31 回もここを訪れている。通算では 33 〜 34 回に及ぶらしい。

その理由はいろんな人が様々な意見を述べられているけれど、共通しているのは持統天皇の吉野宮に対する愛着の強さという点。

死期の迫っている実父・天智天皇を近江京に残して、夫の大海人皇子(のちの天武天皇)と吉野に逃れて、壬申の乱に立ち上がるまでの数ヶ月間をここで過ごしたことへの思い入れが強く残っていたからだろうと言われている。

持統天皇は在位中に藤原京遷都を果たした。そこで、持統天皇の吉野行幸の道と言えば藤原京跡をスタートとするのが一般的だろう。

奈良盆地から吉野へ行くにはいくつかの道があって、いずれも峠を越えなければならない。それらの峠は西に行くほど標高が低くなるけれど、その分、距離は長くなる。

おそらくこの道を通っていたのだろうと思われているのが、飛鳥川を遡って芋ヶ峠(芋峠)を越えて、千股川沿いに吉野川に降り立つというルート。

今は県道が通っているけれど、車なら西や東にもっと走りやすい道があるので、交通量はあまり多くない。そこに、県道から少し離れた位置に古道が残っていて、道標が整備されている。

奈良県がコースガイドの情報をホームページに掲載しているので、これを参考にしてコース設定をした。



スタートは交通の便と藤原京跡への近さを考えて、近鉄の大和八木駅。駅前で準備して、ちょうど午前 8 時に出発した。

適当に間の道に入って、下ツ道を南へ向かう。

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東に折れておふさ観音。

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20 分ほどで藤原京跡の中心部に到着。向こうの山は天香具山(手前の丘)。

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台風が通過したばかりなので足元の芝生は水たまりだらけ。

次は天香具山に向かう。ただし山には登らず、麓をなめるだけ。

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前を通ったので天岩戸神社。

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大官大寺跡を通って明日香村中心部へ向かう。いい風景だ。

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明日香村のいいところは、飛鳥時代の風景もそれほど大きくは違わなかったのではないかと感じられること(本当はそんなことはないのだろうけれど)。

奈良県は観光客は京都に取られ、宿泊客は大阪に取られで、観光客誘致に必死になっているらしいけれど、個人的には今くらいで推移していってほしいと思う。あまり廃れるのは困るので。

飛鳥寺は何度も訪れているけれど、実は飛鳥大仏は眺めたことが無かった。9時開門のちょうどだったので、空いていてチャンスだと思って 350 円を払って中に入った。

「写真撮ってもいいですよ」ということで、飛鳥大仏。

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仏像ファンという人たちがたくさんおられるそうだけれど、私には価値はわからない。

5月に遺跡めぐりで来た時の伝飛鳥板蓋宮跡からさらに南へ行った所にまたもや「伝飛鳥板蓋宮跡」。たぶん広い敷地だったのだろう。

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石舞台には寄らずに祝戸へ。

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しばらく車道を行くと、ちょっと横に入った場所にマラ石。何てリアルな!!

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稲淵の棚田の風景は美しい。車がたくさん停まっていた。

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稲淵の綱掛神事の男綱(おづな)。

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栢森(かやのもり)には女綱(めづな)。

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このすぐそばには高取山の猿石への道が分かれている。

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栢森の家並み。

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入谷(にゅうたに)へ少し向かったあたりから古道に入る。

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今日、初めての山道。

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小峠の手前あたりは結構な急坂だった。この坂を篭を担いで登るのは大変だっただろうと思う。もちろん飛鳥時代も同じ道だったかどうかはわからないけれど、篭に乗せられていても中でバランスを維持するのは非常に疲れただろうと思われる。

壬申の乱で吉野から美濃へ向かう時、桑名のあたりで持統天皇(その時は鸕野讃良皇女)が疲れ果ててそこに留まったという話がある。さもありなんという感じ。

小峠(466m)に到着。

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ここからしばらくは走れそうな下りなのだけれど、台風の影響か、小さな枯れ枝がたくさん落ちていて、これが絡まって走れない。しばらく下って、車道に合流した場所に役行者像。

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またすぐに山道に入って、三軒茶屋跡。

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登り切ったと思われる場所に道標。

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竜在峠は今年1月に御破裂山から竜門岳へ向かった時に通った。

峠の頂点はまだ上にあるのかと思って急登を少し上ってみたけれど、ずっと登りが続く感じ。はたと「ここが芋峠の頂上という意味だ」と思って、下りてきた。まぎらわしい表記だ。

ここから少し下ると県道に出た。11 時 20 分。

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先の道標は、県道の芋ヶ峠は本当の峠の頂では無いという意味なのだろう。

ちょうど車道と出会う場所にあった案内板。

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詩歌を愛でるような高尚な感性は持ち合わせていないけれど、古道を歩く楽しさはそれなりに感じている。

ここからも高取山への道が分かれているけれど、随分人通りが少ない感じだ。

このあとはずっと車道になりそうなので、山道に少し入った所で大福休憩にした。

ここからは車道を南へ下る。少し下った場所にこんな道標が。

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芋峠から下ってきたのに下る方向を向いて道標が立っている。それはないだろうと思って、そのまま車道を下った。

少しして gps を見てみると、何とルートからはずれてきている。

今日は例の奈良県のホームページにあったガイド図と共に、ヤマレコで見つけたこのルートを歩いた人のトラックデータを gps に入れてきている。

ガイド図ではここは車道を下ることになっていたのだけれど、ヤマレコの人は古道を歩いていた。そうか、あの道標は実は吉野に向かう古道だったのだ。

まだ十分に戻れる距離だったので、先ほどの道標の場所まで登り返した。

それにしてもこの道標の向きはひどい。人通りの少ない道では道標が間違って設置されているということが時々あるのだけれど(あらぬ方向を向いてしまっている?)、この道標はわりと新しく設置されたもののように思える。

この道も荒れていた。道路が舗装された場所でも一面コケに覆われて、人が歩いている様子がほとんど無い。

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峠から 30 分ほどで県道に合流して、千股川せせらぎ公園。峠からの下りで吉野川が見える場所があるのではないかと期待していたけれど、残念ながらそれは見あたらなかった。

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それから約 20 分、標高が下がって暑くなってきた車道をジョグで下って、吉野川に降り立った。

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ここから宮滝へは吉野川の右岸を行くのだけれど、その道は R169(R370)で交通量が多いので、妹背大橋を渡って左岸の道を行く。

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20 分少々のジョグで、また右岸に渡る柴橋まで来た。暑い!!。

下流の景観。

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上流。

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橋を渡って、宮滝遺跡。ただしこの遺跡は縄文、弥生時代の遺跡。

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実は今年の7月に大普賢岳へ行った時に、ここを車で通っている。下山が早かったので、帰りに立ち寄る時間は十分にあった。

その時はすでに今日のコースの事を思いついていた後だったのだけれど、「宮滝を訪れる時はぜひとも芋ヶ峠を越えて自分の足で」という思いが強かったので、あえて立ち寄ることをしなかったのだ。

R169 を渡って、吉野歴史資料館へ。

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せっかくなので 200 円を払って中に入ったけれど、ショボイ。休日の昼過ぎだというのに誰もいなかった。

やや右の奥に見えるのが青根ヶ峰だろうか。

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柴橋のそばの自動販売機でジュースを買って休憩して、来た道を戻って、さらに近鉄の吉野神宮駅に向かった。

駅前がちょうど吉野神宮への登り口になる。

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駅に着いたのは午後2時ちょっと過ぎ。幸か不幸かあと3分くらいで電車が来る。

本当は着替えて、ビールでも飲んでゆっくりしたかったのだけれど、電車は1時間に2本しかない。まぁ「2本もある」とも言えるかも知れないけれど。

どうもこういう時にのんびり構えられない性格なので、着替えもせずにやってきた電車に乗り込んだ。着替えは阿部野橋駅までお預けとなってしまった。

やはり奈良の歴史街道歩きは楽しいと改めて思った。途中でお寺や資料館などに立ち寄ってゆっくりしながら、約 33km、6時間ちょっとの旅でした。
ラベル:街中ラン
posted by まつだ at 15:42| Comment(0) | 街中ラン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月29日

鳩ヶ峰、樟葉宮跡

翌日に陸上クラブのマラニック大会を控えた土曜の午後、疲れをあまり残さないようにということで、近場でまだ訪れたことの無い場所を訪ねてみることにした。



男山から石清水八幡宮への丘陵地は、マラソン全盛期の頃は淀川と並んで練習のメインコースだった。その頃は今よりも男山に近い場所のマンションに住んでいたので、ちょうど丘陵地の稜線にあたる道路で片道約 5km のコースを設定して、週末にはそこを3往復やるのが定番メニューだった。何カ所か信号があるけれど、その当時はそんなこともそれほど気にならなかった。

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結婚前の一時期、門真の方に職場があったので、このあたりには2年半ほど住んでいたことがある。その頃は山は細々とはやっていたけれど、ランニングはまだやっていなかった。

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石清水八幡宮に西側から上がる道は、急な登りになっている。ここを息を切らせて上がるのがポイントだったのだけれど、今はロードの練習に急な登り坂はあまり意味が無いんじゃないかと思っている。

この丘陵で一番標高が高いのが鳩ヶ峰という山なのだけれど、実はこれまで山頂に行ったことが無い。そもそも最近まで、どこに山頂があるのかということすら知らなかった。

何となく石清水八幡宮のエリアの中にあるんじゃないかと思っていたのだけれど、実は少し西に離れた場所にあった。

急坂を上がりきると北側(左側)にグラウンドがあるのだけれど(ここは昔からあった)、この横からハイキング道路が出ている。

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このエリアに入ってすぐのところに左側に標識が立っていたのだけれど、それに気付かずに駐車場の奥まで行ってしまった。

向こうの方に標識が見えたので、それが案内標識だろうと思って近づいたら・・・

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この左に斜面を上がっている踏み跡があったので、それを辿ってみたら、しっかりした道に出会った。

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この階段を上がった所が鳩ヶ峰の山頂(142.5m)だった。三角点がある。

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山頂には祠とお寺の跡(鳩峰国分寺跡)があった。

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下山は正しい道で。

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実は立派な標識が立っていました。

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昔はこのあたりは鬱蒼とした竹林だったのだけれど、宅地開発されて、随分眺めが良くなっている。交野の山や生駒が望める。明日のマラニックは交野山へ。

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次なる目的地は樟葉宮跡だったのだけれど、思いのほか近くに和気神社という神社があった。

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そばには足立寺(そくりゅうじ)史跡公園。

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奈良時代に瓦や土器を焼いた窯の跡。

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実はこの時、ここが樟葉宮跡と錯覚していたのだけれど、どうも様子が違う。スマホの地図で確認してみたら、やはり樟葉宮跡はもう少し南だった。

住宅街を適当に行って、木が茂っているエリアに近づくと、ようやくありました。

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鳥居をくぐって中に入ります。

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交野天神社(かたのてんじんじゃ)。

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一瞬、これで帰りそうになってしまったのだけれど、入り口の案内板をもう一度読むと、樟葉宮跡はこの本殿の向こうにあるということがわかって、あわてて戻った。

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貴船神社。

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継体天皇が 507 年に即位したのはこのあたりと伝えられている。

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ここの杜はわりと大きくて、こんな住宅街の中にこんな閑静な林が残っているというのは不思議な感じ。何か異次元の世界に迷い込んだかのような不思議な感覚を覚える場所だった。

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そして少し南に鏡伝池(きょうでんいけ)。

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これで今日の目的地はすべて終了。

好日山荘の 500 円割引券があったので樟葉駅の店に寄ってみたけれど、3000 円以上買わないと使えないので、結局何も買わずに出た。

最後のおまけは家の近くの片埜神社(かたのじんじゃ)。

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いつもただ境内を通り抜けるだけなのだけれど、実は本殿は重要文化財で(この写真の向こう側にある)、かなり歴史のある神社らしい。写真を撮ったのはたぶん初めて。

このあたりにはもう 30 年以上住んでいるけれど、私にとって新鮮な場所はまだまだ残っていると感じた日でした。
ラベル:街中ラン
posted by まつだ at 11:16| Comment(0) | 街中ラン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする