2017年12月28日

入賞賞品

ランニングの大会で、かつてはそこそこは速い方だったけれど大きな大会で入賞できるほどのレベルではなかった。それでもローカルな小規模大会では入賞してメダルや小さなトロフィーをもらったことは何度かあった。

しかし賞品というのはこれまで一度ももらったことが無かったのだけれど、思いがけない結果でこの期に及んで初めて入賞賞品をもらうことができた。

先日参加したOSAKAシティランニングフェスタ2017

表彰は3位までということで、総合 10 位だったのでそそくさと打ち上げに行ってしまったのだけれど、実は男子部門で2位だったらしい。

表彰式に出なかったので、申し込みをしてくれたメンバーの所に入賞賞品が送られてきたそうで、昨夜、京都で賞品分配兼忘年会をやった。

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これはもちろん一人分。

男女混合のチームが大半だったようで、総合の上位は男女混合チームが占めていた。

それにしてもあんなタイム(ハーフ:1時間 27 分 17 秒)で2位なんてどういうこと・・・と思ってしまうけれど、そういう雰囲気の大会ということなのだろう。

賞品をもらって悪い気はしないけれど、何か微妙な気分です・・・。
posted by まつだ at 11:07| Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月10日

高岳

昨日の登山講座は北摂の高岳(たかだけ)だった。この近くの山々はいくつか登っているけれど、高岳はまったくの初見参だった。



能勢電鉄の山下駅に集合して、森上のバス停で下車。この路線バスはかつてマラソンをガンガン走っていた頃、毎年 11 月に開催される一庫(ひとくら)ダムマラソンのために5年ほど続けて乗っていた。

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そう言えば剣尾山から妙見山を周回したのは昨年の3月だった。

9時半頃にバス停を出発。今日も朝はけっこう冷え込んでいるけれど、天気が良くて暖かくなりそうな気配だ。

少し車道を歩いて岐尼(きね)神社の境内で朝のご挨拶。

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今日もしばらく車道を行く。歩道が右になったり左になったり、無くなったり、車に気を遣う。

南の方にはちょうど2年前の今日訪れた三草山が見える。麓の棚田もちらっと。

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大原神社でトイレ休憩を取って、ようやくコンクリートの山道に入る。

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出発から2時間近くで林道と交差して、不明瞭な踏み跡を強引に稜線を目指す。

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このあとの稜線の登りは滑りやすい急登で、結構緊張する場面もあった。一人ならあまり気にせずにガンガン行くけれど、随行の時は自分のペースでは行けないし、失態を犯すわけにはいかない。

高岳の頂上(720m)に着いたのはちょうど 12 時過ぎだった。

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ここで昼食。

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山頂を少し越えた鉄塔のあたりからは南や西がよく見える。これは南方。ずっと向こうは六甲。

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下りも落ち葉が滑りやすく、足元の石や枯れ木などが見えにくくて歩きにくかった。

しかし小一時間で猪名川不動尊に到着。

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行場の滝はなかなか立派だった。

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しばらく林道を下って猪名川変電所。こんな大きな変電所は初めて見た。

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杉生(すぎお)のバス停がよくわからず、一つ先の大島小学校前のバス停まで歩いて、本日の行程は終了となった。

今日も梅田に出ることになったので、先日人混みに圧倒されて敗退したグランフロントのノースフェースにもう一度行ってみた。

金曜日の夕方なのでかなりの人混みではあったけれどまだ帰宅ラッシュの時間ではなくて、さすがに土曜の夕方よりはマシで今日は行き先もわかっているので、疲労感無く店に到着できた。

目的のゴアテックスの帽子が見つかったので、1,000 円の割引券を有効利用することができた。

ついでに地下街のチケットショップで年賀状を購入。いつも1枚 50 円で買っていたけれど、チケットショップの戦場なのか、1枚 45 円で売っていた。販売ノルマを課せられた郵便局員が売りに来るのだろうか。

北摂のこのあたりの目立った山はほぼ登り尽くした感じではあるけれど、剣尾山の少し西にあって、剣尾山より若干標高の高い横尾山がまだ残っている。北摂最後の課題だ。
ラベル:登山
posted by まつだ at 15:37| Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月03日

ぺーサー

トレイルの長距離レースでは『ぺーサー』をつけられる大会がある。『ぺーサー』というのは自分専属のペースメーカーで、レース終盤の決められた区間ではこのぺーサーと併走することができる。

海外の大きな大会ではめずらしくないようだが(有名なレースでは Western States)、国内では信越五岳くらいだろうか。

トップ選手はほとんどがぺーサーをつけるようで、鏑木選手が昨年優勝されたアメリカの大会も、勝てたのはぺーサーのおかげというようなことをおっしゃっていた。

が、個人的には、本来個人競技であるべきレースで、こういう明らかな他人のサポートが得られるシステムがあるというのはまったくもって信じがたい。

どうしてこのようなシステムが出てきたのかはわからない。

今年の Western States を不本意な結果で終わられた原良和選手も、何とか完走できたのはぺーサーがいたおかげというようなコメントをされていた。

私はマラソンの男女混合のレースで、女子選手に男子のペースメーカーがついて好記録を狙うということに関しては極めて否定的な考えを持っている。もっと言えば、ペースメーカーという存在そのものがおかしいと思う。

しかしこれはかなり以前から行われていたことで、昔は『ラビット』と呼ばれていて、選手はわかっているが、テレビ解説では触れられない話題だった。

いつの間にか公然の事実となって、今やペースメーカーはそれを表示する別ナンバーカードを着けているくらいだ。

世界選手権やオリンピックでは採用されないので、こういうことが本当は正しいことではないということはみんなわかっているはずなのに、なぜか当たり前のことになってしまっている。

こういうシステムに頼って好結果を得たとしても、本当に満足できるのだろうか。

今やエベレスト登山もシェルパが張ったロープを辿って、自分はただ歩くだけに成り下がってしまっていることなども同じ流れの現象なのだろう。

私は例えレベルが違っても、気持ちとしては山野井泰史のようにありたいと思っている。
posted by まつだ at 20:40| Comment(0) | 雑文 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする