2017年06月17日

ホタル

子供の頃は、京都の賀茂川でホタルが見られた。何度か見に行ったのを覚えている。

しかしその後の高度成長期に伴う自然環境の悪化でいつの間にかまったく見なくなってしまったが、特に昆虫ファンというわけでもないので、それほど気に留めたことも無かった。

今やホタルは郊外の水質の良い川にでも行かなければ見られないものと思っていた。

ところが先日、花の講座で山田池公園へ行った時、近くにいた人が(知らない人)「山田池にホタルがいる」という話をされているのを小耳にはさんで、帰宅後にさっそく調べてみたところ、確かに山田池公園にホタルがいるようだった。

しかもちょうど今頃がシーズンらしい。

となると、行ってみるしかないではないか。

さっそく昨日の夜9時頃、自転車で出かけた。

いるならおそらくここだろうと思っていた場所に近づくと、さっそく1匹飛んでいるのに出会った(正しくはホタルは「匹」ではなくて「頭」で数えるらしいけれど、何となく違和感があるので・・・)。

さらに進んで核心部と思える場所に近づくと、たくさん飛んでいるではないか!! 100 匹とまでは言えないにしても、数十匹くらいは飛んでいる。

他にも見に来ている人が何人かいたけれど、ほんの2〜3人程度。

岩に寄りかかってしばし見とれた。

一応デジカメを持ってきていたのでビデオ撮影をしてみたけれど、数年前の2〜3万円程度のシロモノでは写るわけもなかった。

ほとんどは水の流れの上あたりを飛んでいるけれど、道の方まで出てくるのもたまにいて、地面に止まったのをすぐそばで眺めた。とは言っても暗闇なのではっきりした形状はわからない。

思わず持って帰りたい衝動に駆られたけれど、入れるものも無いし、そんなことをしたらすぐに死んでしまうのは目に見えているので、そのまま飛び去るのを眺めていた。

15 分くらい眺めていただろうか。そろそろ帰ろうとしたところ、ちょうど若者数人の集団がやってきた。グッドタイミングだった。

今、町の近くでホタルが見られるところは、大半が養殖したものを放っているらしいけれど、ここ山田池公園は水質を改善して、ホタルのエサになるカワニナを放ったりして、ホタルそのものは自然繁殖になっているらしい。

何かすごく豊かな気持ちになって、ワクワク気分で帰ってきた。
posted by まつだ at 11:55| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月07日

談山神社

キャノンボールのあと、寝込むほどではないけれど、少し体調を崩した。あの寒い夜にジャケットを着ずにいたのが災いしたのかも知れない。

せっかくの好天の前の日曜日も家で過ごして、まだすっきりとは回復していない。

このところ随行の仕事が入っていないのが幸いだったが、昨日は花の講座の下見で奈良の桜井市へ行ってきた。

明日香村にも近いエリアで、せっかくなので談山神社に行ってみた。こんな機会でも無ければ来ないだろうと思った。

1月に御破裂山へ行ったとき、談山神社へ下りようと思ったら通過だけでも参拝料がいるという表示があったので、その時は中には入らなかった。

私にしてはめずらしく、入山料 600 円を払って中に入る。

まずは正面の石段を上がって本殿へ。正面は桜門。

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靴を脱いで拝殿に入る。

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本で何度か見た「多武峯縁起絵巻」。展示されているのは室町時代のオリジナルを、江戸時代の絵師が模写したもの。有名な、蘇我入鹿の首が飛んでいるシーン。

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十三重塔。16 世紀に再建されたものだが、木造の重塔としてはかなり古いもの。

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権殿を回り込んで岩くらと龍神社。パワースポットだそうです。

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この横から山道に入る。今日は御破裂山へは行かずに談山(かたらいやま。566m)へ。意外と標高がある。

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元に戻って、権殿を石段下から拝む。

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お次は神廊拝所。

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中に入ると藤原鎌足像。

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本殿の下をまわりこんで、縁結びの東殿。

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さらにこの横から山の中に入って三天稲荷神社へ。

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1時間足らずの神社散策だったけれど、なかなか楽しかった。

ここは元々はお寺で、藤原鎌足の長男で僧の定恵が鎌足の墓を摂津安威からここに移して建立したということになっている。

阿武山古墳は藤原鎌足の墓の可能性が極めて高いということになっているが、移したのであればなぜ阿武山古墳に遺体が残っているのかというのはちょっと不思議。
posted by まつだ at 17:38| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

明けましておめでとうございます

明けましておめでとうございます。

ここ2年ほどこだわってきた UTMF が不完全燃焼で終わり、おまけに今年は開催されないことになった。

ロードレースは2年前の篠山マラソンを 33km でリタイアしたのを最後に、ほとんど引退状態。

そうは言っても身体が動かないわけではないし、意欲を完全に失ったわけでもない。

登山のトレーニングのつもりで淀川でジョギングを始めたのは 29 歳の時。

いやになればいつでも辞めようという軽い気持ちで始めたのが良かったのか、思いがけずタイムが伸びて、その後3年くらいは山へはまったく行かずにランニングに集中した。

おかげでテレビの向こう側の世界だった別大マラソン(その当時は出場資格が2時間45分だった)にも3回出場できた。その後、出場資格が2時間40分になって出られなくなってしまったけれど、いつの間にやら半分市民マラソンみたいになってがっかりしている。

久しぶりに山へ行ったらやはりマラソンで体力がついたのか、そこそこのレベルの人達ともさほど見劣りしないくらいに歩けるようになっていた。

そこで、若い頃は手の届かない憧れでしかなかった岩登りや冬山の世界に入って行った。

そうは言ってもやはりメインはマラソン。マラソンのスケジュールの合間に山へ行くという感じだった。

夏はマラソンはオフシーズンなので、夏期休暇を利用して(さらに有給休暇をくっつけて)キリマンジャロやモンブラン、マッターホルンなどに出かけた。

しかし三十台の終盤になるとマラソンの力が落ちてきて、さらに結婚 10 年目にして子供を持って、嫁がフルタイムで働いているので家事育児を分担せざるを得ず、四十台になるとマラソンは続けてはいたものの、危険を伴う登山からは離れた。

49 歳までは何とかフルで3時間を切れていたけれど、50 歳を迎えてから坂道を転がるように走力が落ちた。今から考えれば男性更年期症状だったのかも知れないと思ったりしている。

四十代の後半あたりから山スキーに行っていたので(この頃もまだメインはマラソンだった)、そちらに軸足を移そうと思ったりもしたのだけれど、しばらくレースから離れているとまたもう一度思い切り走りたいという気持ちが頭をもたげてきた。

五十代半ばにしてスピード練習を再開してみたけれど、もはやサブスリーというような目標が非現実的になってしまっては、一人でそういう練習を続けることはできないと感じた。

ちょうどそんな時、地元の陸上クラブの案内を見つけた。

このクラブはそれ以前からよく知っていた。マスターズの記録会などで誘いを受けることもあったが(その当時のクラブの会長さんの家がわりと近くだった)、とにかくレベルの高いクラブだったので、自分がいられるような場所ではないと思っていた。

しかしその案内には「初心者、女性歓迎」と書いてあったので、それならと思って思い切って行ってみることにした。

上級者はさすがのレベルだったけれど、私と同じくらいや少し下くらいのレベルの人もそれなりにはおられたので、あまり気負わずに入って行くことができた。

クラブの練習会は楽しかった。陸上競技場を走るのは記録会の時くらいしかなかったので、毎週のように競技場のトラックを走れるのは気持ち良かった。夏場のナイターも楽しみだった。

クラブに入ってからの3年間くらいは、自分でもこの歳になってよくこれだけ走れるなと思うくらい走った。

年間の走行距離は 5,000km を越えて、月間 500km を越えた月も何度かあった。三十代半ばの全盛期の走り込み期には月間 650km くらい走っていたけれど、まさか五十代半ばになってここまで走れるとは思わなかった。

しかしながら結果はいささか期待はずれだった。

最初の半年くらいでトラックの 5,000m で 19 分台、ハーフマラソンで1時間 29 分台まではいったものの、フルでは 50 歳を過ぎてからの凋落傾向に歯止めがかからず、もはや限界と考えざるを得なかった。

ちょうどそんな頃、登山教室の随行の仕事が舞い込んできた。長年所属している山岳会で一緒だった方が講師をされていた。

私が登山を始めたのは中学生の時で、年数で言えば相当なものだけれど、実は中身はそれほどではない。

それに山岳会で積極的に活動していた頃は日帰りで近場に行くのはクライミングばかりで、京阪神や奈良の山はあまり行ったことが無かった。

そんなわけで、随行の仕事で近場の山にいろいろ行けるのは自分にとっても新鮮で楽しかった。と言うか、今でも楽しい。

まさか趣味の登山でアルバイトができるようになるなんて、思ってもみなかった。私自身は他人を指導できるほどの技術や知識は無いので、講師やガイドのような仕事は勤まらないので、随行という立場は非常に都合が良かった。

近場の山の知識が増えたおかげで、それまでは生駒や六甲、京都一周トレイル、ダイトレのようなコースしか思い浮かばなかったトレイルのコースも、ヴァリエーションが増えて楽しくなった。

UTMF も久しぶりにワクワクするイベントだった。

マラソンを始めた頃は定期購読していたランナーズ誌も、大会の情報収集やエントリーがネットでできるようになってからは読まなくなって、第1回の頃は UTMF の事はまったく知らなかった。

ちょうどロードレースに対する意欲が減退してきている時期に UTMF に出会ったので、まさに渡りに舟という感じだった。

しかしそれももう終わってしまった。

2年ちょっと前の加古川マラソンを3時間 43 分くらいで走った時、久しぶりに最後までしっかり走れた満足感はあったものの、もう3時間半も切れないと思ったし、今さら3時間半を目標にマラソンの練習をやろうという気分にはなれなかった。

トレイルではビッグ大会でしばしば雨に遭って、ぬかるみで滑ってどろどろになったり、水たまりをスネまで水に浸かって走ることに対して、ばかばかしいとしか感じられなかった。

そんな中で充実感や満足感が感じられるのは自分で設定した山のロングコースを完走(完歩)した時だった。

かつてそこそこ山に行っていた頃はごく限られた対象の地域にしか行っていないので、今の自分にとって魅力的な山はまだ至る所に残っている。

今さらかつてはただのジョギングだった3時間半というようなタイムを目標にマラソンの練習をするよりも、未知の山に出かける方がよっぽど充実していると思う。

それに残された時間はもうそんなに多くはない。

ただ、自分で納得できるレベルの山行をやるためにはそれなりの体力を維持することが必要なので、たまには限界近くまで追い込むような走りもやらなければならない。

ということで、今年は軸足を山に移そうと思っている。

そんなわけでブログのタイトルを変更しました。
posted by まつだ at 17:22| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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