2018年09月24日

奥穂高岳

陸上クラブの仲間の ken さんは 40 台の現役サブスリーランナー。登山にも興味がある方で、いつか一緒にどこか行きましょうという話がようやく実現した。

このところ秋雨前線が停滞していて天候が悪く、週末は続けて雨模様になっている。この連休も降水確率の高い予報だったけれど、日曜日(9/23)だけが少し回復する予報だった。どうなるか心配だったけれど、前日にはほぼ晴れ間違い無しという予報になって、ワンチャンスを狙って出かけた。

ken さんがドライバーを務めてくれるということで、私は助手席で楽チン。早めに店で夕食をとってからビールを買って、いつもの新穂高の無料駐車場に向かった。

入り口にはいつも通り「満車」の看板が立っていた。しかし夕刻になると何台かは帰っていて、実際にはそこそこの空きがあるというのがこれまでの常態だった。しかし今日は何と入り口に係員がいて、「満車なので鍋平へ行くように」とのこと。

鍋平は新穂高ロープウェイの駅のそばで、無料だけれどここからしばらく車道を上がって行って、登山地図では新穂高まで登り 45 分、下り 30 分が余計にかかる。

そこでタイムイズマネーということで有料駐車場に向かったところ、都合のいい第1駐車場はすでにゲートが閉まっていた。仕方無く左俣に少し入った第2駐車場へ行ったところ、ここは入ることができた。

蒲田川の水量はいつもよりかなり多く、轟音を立てている。沢筋の水量が心配だ。おまけに随分気温が低い。

ビールでプチ前夜祭をやって早めに寝て、朝2時に起床した。空は満天の星空だ。しかし気温は前日の夕方よりは高い感じ。歩くにはちょうどいいくらいの感じだ。

暖かいコーヒーを飲んで、3時過ぎに出発した。



出発の準備をしていたら左俣方面に向かう登山者が何人かいた。登山センターのあたりにも数人。こういう時間のこのあたりは何度も経験しているけれど、随分人が多い。

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右俣林道をヘッドランプで歩く。ken さんは真夜中の登山道というのは初めてとのこと。

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穂高平へのショートカット登山道は土砂崩れのために通行止めになっていた。白出沢は大丈夫かどうか、不安が頭をよぎった。実は出かける前から心配でネットで最新情報を検索していたのだけれど、新しい情報は得られなかった。もし白出沢が通行止めだったらどこに転戦するか考えながら林道を進んだ。

出発から1時間半ほどで白出沢への分岐に到着した。幸い、通行止めの標識は無かった。

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白出沢は私は2回目なのだけれど、1回目はもう 20 年以上前のことで、記憶はほとんど残っていない。

樹林帯を黙々と登るうちに夜が明けてきた。沢筋に下りると背後には笠ガ岳の雄姿が。

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木の橋で沢を渡る。

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このあと、長い木のハシゴを登って、しばらく鎖やロープの張られた急斜面のトラバース。

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白出大滝が見えた。

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ところどころ小さなハシゴのある急登を上がると、ガレた谷筋に出た。

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とにかく足元が不安定で歩きにくい。道はあって無いようなもので、勝手気ままに歩く。トレースのようなものも少しはあるけれど、しっかりした踏み跡は無い。と言うか、これでは踏み跡など出来ようが無い。

こんなのがコルまで続くのかとうんざりしていたが、上がるに従って踏み跡がしっかりしてきた。そしてペンキマークも出てきた。

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コルが見えてからがなかなか遠かったけれど、7時44分に穂高山荘に到着した。

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岩の斜面を見て ken さんは「え〜っ!!」と声を上げていたけれど、私は何の心配もしていなかった。

久しぶりに涸沢を眺めた。

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右側に前穂の北尾根。もう 20 年以上前に一人で歩いた。奥又白池でテント泊して、5・6のコルから前穂に抜けた。こんなことを今やったら間違い無く命を落とすだろう。いや、命を落とす前に重荷に耐えかねて奥又白池まで行けずに敗退するかも。

ここで 15 分ほど休憩しておにぎりなどを補給した。

一息ついてから奥穂のピークに向かった。山頂(3190m)には8時半過ぎに到着した。

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記憶の限りでは奥穂は5回目。と言っても直近でも 20 年以上前で、その時はゴールデンウィークに涸沢から直登ルンゼ経由で奥穂のピークに直接登った。上部はかなりの急傾斜だったけれど、実はエクストリームスキーヤーには人気の滑降ライン。

快晴に恵まれて 360 度の絶景を楽しんだ。

北方の眺め。右端に槍ガ岳。真ん中に薬師岳。その間の黒い山はたぶん水晶岳。左端は北ノ又岳?

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南は右端にジャンダルム。真ん中に焼岳。奥に乗鞍岳とさらに奥に御岳。

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実は南アルプスの向こうに富士山も見えていたのだけれど、写真には写らなかった。

ken さんとツーショット。

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9時ちょうどに下山開始。すれ違いがしばしばあるのでスイスイとは下れない。

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また穂高小屋の前で展望を楽しんで 15 分ほど休憩して、消化試合の下りになった。

歩きにくいガレ場を1時間半ほどでようやく普通の道に戻ってきた。しかしこういう道の下りは実際に歩いた距離以上に疲労感が大きい。

ナナカマドと笠ガ岳。

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行きに渡った橋は実はその手前に少しジャンプしなければならない箇所があったのだけれど、行きよりも水量が増えていて短足の私はちょっと苦労した。

かなり足が疲れてきて、しばしばバランスを崩して転倒寸前で何とか踏みこたえるということが何度かあった。

右又林道には 12 時過ぎに下りてきた。思ったより早かった。ここまですでに結構疲れていたので林道を走るかどうか迷っていたのだけれど、走れば1時までに戻れそうだ。昨年、槍ガ岳へ行った時にここから走って 45 分くらいで駐車場まで戻った。走ればトータルで 10 時間を切れそうなので、これは走るしかないと開き直った。

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12 時 52 分、無事駐車場にゴールした。十分満足できました。

最後のシメは当然、ひらゆの森へ。今年3回目だけれど、4回目はあるだろうか?
posted by まつだ at 15:53| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月01日

ナッチョ、雲取山

先の土曜日(6/30)も不安定な天気の予報で、前日夜までどうするか悩んだあげく、午前中は何とか持ちそうな予報だったので京都の北山へ行くことにした。

変わった山名の山はただそれだけで興味がそそられる。「ナッチョ」のことは昔から知ってはいたけれど、おそらく行ったことは無いと思う。「天ヶ森(あまがもり)」という別称もあるけれど、地元ではナッチョの方が一般的らしい。



ナッチョへの登山口は小出石のバス停が最も近いのだけれど、ここまで来るバスは本数が限られる。そこで、大原から車道を走ることにした。

バスは出町柳から乗車する。京阪電車で出町柳駅に到着して改札に向かったところ、何と「人身事故のため電車の運行を休止しています」という案内。あと1本遅い電車に乗っていたらここまでたどり着けなかっただろう。

大原のバス停で準備を整えて、出発したのは8時半だった。

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旧道を行く。少し本道に合流してから百井方面に入る。正面に見えているのがおそらくナッチョ。

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約30分のジョグで登山口に到着した。

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ようやくルンルン登山路になると思いきや、いきなり道がわからなくなる。登山路に入ってすぐに林道が横切っていて、どちらへ進んでいいのかわからない。そのまま真っ直ぐ谷沿いに踏み跡があるけれど、登山地図ではもっと左の方に向かうはずだ。

そこで林道を左に進んでみたけれど、ほどなく沢に出会って終点。地図ではこの沢の右岸の尾根を上がっているようだけれど、とても道があるようには見えない。しかし沢沿いにかすかな踏み跡があったので、それを辿ってみた。ほとんど人が通っていない感じ。

しばらく進むとこの道も土砂崩れで消滅してしまった。

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今さら戻るのは面倒なので、gps を頼りにここを強引に登ることにした。不安定な急斜面で、ここを登ったらもはや戻ることはできない。

古い切り株などを頼りにしながら何とか這いずり上がること約25分。ようやく登山道に合流できた。

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10時18分、何とかナッチョ(812.5m)に到着した。

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西に向かって百井へ下山。

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思子淵神社。高島や久多など、安曇川流域の地域にいくつかある神社。

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ちょっと道を間違えて戻って、百井青少年村に入る。キャンプに来ている家族がいたけれど、こんな蒸し暑い日にテントなんてたまらんだろうと思う。

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青少年村から20分少々で大見尾根へ上がる。佐和谷峠という名称が付いている。ここに来るのは鯖街道ウルトラマラソン以来。

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そして花脊へ。車道を渡ってすぐに林道へ向かう。

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林道を上がるとスキー場跡。

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この先で今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩にした。

12時16分に寺山峠に到着。

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5分足らずで一ノ谷へ。

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少し進むと山小屋が。立命のワンゲル小屋は確かニノ谷だったはずだけれど・・・。

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気持ちのいい清流をつめていく。

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突然、開けた雲取峠に出た。展望はありそうで無い。

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そして12時46分。雲取山(911m)に到着した。

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雲取山は私が中学2年で初めてテント山行をした時に登った記念すべき山。その時は芹生から三ノ谷を登ったことは覚えている。

写真を撮ったら早々にニノ谷を下りる。立命のワンゲル小屋。

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私が高校生の頃、立命の学生だった高野悦子さんという方の日記が本になった「二十歳の原点」が話題になった。3年生の時に山陰線の列車に飛び込んで人生を終えられたのだけれど、この方はワンダーフォーゲル部に所属されていて、この小屋にも何度か来られている。もちろん建物はその当時のものではないと思うけれど。

京都の荒神口にあったジャズ喫茶(1階はクラシックだったような?)の「しあんくれーる」もこの本で知って、私自身も何度も足を運んだけれど、この店ももう今は無い。

そんなことを思い出しながらニノ谷を何度も右岸、左岸と渡って、一ノ谷との合流点に下り立った。

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林道は走る。芹生(せりょう)に近づくと勢竜(せりょう)天満宮。ここが菅原道真の忠僕武部源蔵隠栖の邸址と云われるところで、彼はここで寺子屋を開いたと伝えられている。歌舞伎の「菅原伝授手習鑑」の「寺子屋の段」の舞台となった場所。

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芹生はなかなか味のある雰囲気の集落だけれど、こういうのはどうなんでしょうか?

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しばらく車道をスロージョグで上がって、芹生峠へ。この頃から雷が時々鳴るようになってきた。安全のためにこのまま車道で貴船へという案もちょっと浮かんだけれど、雷はそれほど近くではなさそうなので予定通りここから山道に入って滝谷峠に向かう。

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急斜面を上がって、今日初めて展望らしい展望。ただし山名はまったくわからず。ここでどら焼き休憩にした。

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ここから滝谷峠へは緩い下り基調のトレランのためにあるような道。

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14時17分、滝谷峠に到着した。ここは人がいるんじゃないかと思ったけれど、誰もおらず。

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二ノ瀬ユリは先日下ったばかりなので、今日は貴船に下りる。ところが貴船への道を大きな倒木が完全に塞いでいる。もちろん巻き道はできているけれど。

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何とか降らずにきた雨がついに本降りになってきた。ザックの中の着替えが濡れると困るので最近買ったザックカバーを着用した。

沢筋は結構荒れていた。ロープも随所に。

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滝谷峠という名称の由来は峠へ向かう道の入り口に滝があるからということらしいが、そうだとしたらおそらくこの滝がそれ。

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車道に下りると雨は一段と強くなって、どしゃぶり状態になってきた。雨のせいか床も客は無し。

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が、あっと言う間に雨は小降りになってきた。しかし貴船神社は素通りする。

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車道を20分ほど走って、貴船口駅には15時9分に到着した。幸い、雨は止んでいたので、鉄橋の柱の陰に隠れて着替えをして、速攻で家に向かった。

山中では誰にも会わず、静かな登山を楽しむことができた。大満足と言いたいところなのだけれど、帰ってからシャワーを浴びていたら下肢の何カ所かに血のかたまりが。ヒルにやられたようだ。噛まれた箇所が痒くて夜に熟睡できなかった。ヒルには何度もやられているけれど、こんなに痒いのは初めて。
posted by まつだ at 17:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年06月25日

山の辺の道

昔、東海自然歩道を箕面から室生寺まで分割して走った時、印象に残ったのが柳生街道と山の辺の道だった。

今年の2月に柳生街道を再訪した時、次は山の辺の道にも再訪したいと思った。

この週末は天気が思わしくない予報で直前まで予定が立てられなかったのだけれど、土曜日に雨が降った後、日曜日は天気が回復するという予報になったので、急遽山の辺の道へ行くことにした。土曜日の雨でまともな山道はあまり条件が良くないだろうという予想もあった。



日曜日(6/24)の朝9時前に近鉄奈良駅に到着して、そのままアーケードの繁華街を歩いて猿沢の池のそばで出発の準備を整えた。

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9時過ぎに出発して、まずは新薬師寺に向かう。案の定、山門のすぐそばに料金所があって、中はチラッと眺めるだけ。

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すぐ横に比賣神社。十市皇女(とおちのひめみこ)が祀られている。

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十市皇女は大海人皇子(天武天皇)と額田王の皇女。壬申の乱では父と夫(大友皇子)が戦火を交えるという立場にあった。大友皇子が敗れて首を取られ、その後、十市皇女は30歳くらいの頃に急死した。自殺説もある。

白毫寺に向かうが、ここも拝観料がいるので石段を眺めただけ。

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ちょっと小高い所から奈良盆地が眺められた。生駒は雲がかかっている。

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これまでずっと舗装路だったけれど、ここでようやくトレイルに入る。ただしちょっとだけ。

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やはり足元はぐちゃぐちゃで、山に行かなくて良かった思った。

このあたりは「鹿野園」というらしい。

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全国各地にある白山比刀iしろやまひめ)神社。

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宗道天皇陵。こんな名前の天皇はいない。ようわからん。

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山の辺の道はあちこちに万葉句碑が建っている。

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額田王の「三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情あらなも 隠さふべしや」。

飛鳥から近江に向かう途中で読まれた歌。

「三輪山をみられるのも、もうこれが最後だというのに、雲よ、どうして

そんなにいじわるをするの。飛鳥を離れ、遠い近江まで行かなければ

ならないんです.この辛い寂しい気持ちを、せめてお前だけでも解って

欲しいなあ.雲よ、おまえに思いやりがあるのなら、三輪山を隠さない

で、見せておくれ」

弘仁寺にも寄ってみたけれどやはり志納金がいるで山門から眺めるだけ。

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しばらく車道を走って白川ダムへ。

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ダムの堰堤をぐるっと廻って山道に入る。石上大塚古墳に立ち寄る。石室のあと。6世紀前半のもの。

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石上(いそのかみ)神社に近づいてきたのでこのあたりでおにぎり休憩にする。この先になるとゆっくり落ち着いて食べられる場所があるかどうかわからない。

おにぎり休憩した場所のすぐそばにこんな説明板。

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天理砂岩もあります。

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12時過ぎに石上神社に到着。これは拝殿。

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神の使いの尾長鶏。

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夜都岐神社(やつぎじんじゃ)。このあたりまで来ると散策している人が増えてくる。

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竹之内環濠集落の環濠の名残。

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左手に龍王山。

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ヒエ塚古墳。かなり大きい。箸墓古墳と同じくらいの年代。

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長岳寺も入山料がいるので中には入らず。見慣れたエリアに入ってきた。

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櫛山古墳。以前に噴丘まで行ったので今日は素通り。

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行燈山古墳(あんどんやまこふん、崇神天皇陵)も通過。

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渋谷向山古墳(しぶたにむかいやまこふん、景行天皇陵)は初めて。これも大きい。

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いい眺め。背景の金剛山、大和葛城山の手前に木の盛り上がりが3つ見えるけれど、一番奥が畝傍山、その手前が耳成山。一番手前は箸墓古墳。

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県道50号をしばらく東に向かって登って、また未舗装道へ。このあたりから通行人がぐっと増える。

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檜原神社。天照大御神を祀っている。

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狭井川(さいがわ)を渡る。と言っても川幅1メートルくらい。この辺り一帯にはかつてササユリが多数自生していたそうで、その古名「サヰ」から、地名もこの川の名も付けられたとか。

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そして狭井神社。三輪山に登る場合はここが登山口。ただし午後2時が入山のタイムリミットで、今日はすでに2時を過ぎている。かつて2時1分に入山を拒否されたことがあるので、私自身は二度と行くつもりはない。

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そして大神(おおみわ)神社。この輪を指定された方向に廻ると日々の穢れが清められるらしい。日々の穢れはヤマほどありそうだけれど、こういうことはご遠慮申し上げます。宗教心の無い人間がこういうことをやると逆にバチが当たりそうな気がして・・・。

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大神神社のご神体は三輪山そのものなので、拝殿の後ろに本殿は無い。

ここを過ぎると人がぐっと減る。あと少しだけれど、平等寺の石段に腰掛けてどら焼き休憩にした。これは本堂。

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磯城瑞籬宮跡伝承地(しきみずがきのみやあとでんしょうち)に立ち寄る。

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こんな謂われがあるそうです。

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いよいよ今回の行程も最終盤にさしかかってきた。北側の展望が開けた。左の大きな山が音羽山。右が多武峰(御破裂山)。それらの手前の低い山が鳥見山。

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金谷の石仏。貞観時代から鎌倉時代あたりのもの。

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住宅街に入るとこのあたりが海石榴市(つばいち)。古代は大和川水運の拠点として賑わった。ただし海石榴市が本当にこのあたりだったのかということに関してははっきりした遺跡のようなものはこれまでは出ていない。

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海石榴市観音というのがあったらしいけれど、気が付かなかった・

少し下ったあたりから金剛山を望む。桜井や明日香村あたりから眺める二上山は何とも言えない。悲運の大津皇子を思い出す。

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初瀬川のたもとに仏教伝来の地の石碑。欽明天皇の時代に百済から仏教の経典や仏像を携えてやってきた使者がこのあたりで上陸したということだろうと思う。

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初瀬川(大和川)を渡る橋の上から、正面手前に外鎌山(とがまやま)。その右の大きな山が音羽山。

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あとはつまらない車道ジョグを10分少々で、3時過ぎに桜井駅にゴールした。

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ちょこちょこ横道にそれたりしたので、約 33km、6時間の行程でした。

久しぶりに個人的に奈良に来たのだけれど、やはり奈良はいい。奈良公園の界隈を除くとどこもあまり俗化されていなくて、少し小高い所に上がると田んぼや畑の田園風景が広がって、私が生まれ育った京都と同じ様にまわりを山で囲まれていて、心が落ち着く感じがする。

心身ともに癒された楽しい一日でした。
posted by まつだ at 15:26| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする