2017年02月26日

高野山黒河道から京大坂道

高野山はずっと興味の対象では無かった。

随行の仕事をするようになる前は吉野や高野山はごちゃごちゃの印象で、登山の対象として見たことが無かった。

随行の仕事のおかげで近郊の低山のおもしろさに気付いて、ここ何年かはこれらの地域へ頻繁に足を延ばすようになってきたが、めぼしい未知のロングルートがだんだんと少なくなってきた。

朽木や大峰などは致し方なく車で行くけれど、車だと元に戻ってこなければならないし、帰りは時間的にどうしても部分的には渋滞に巻き込まれてしまう。

だからできる限り公共交通機関で行きたい。

この週末はできれば大峰の山上ヶ岳へ行きたいと思っていたのだが、ヤマレコで最近行った人の記録を見ると、かなりの積雪のようだ。

雪山は好きだけれど、そうは言っても今さらラッセルはやりたくない。

そこで地図を眺めていて目に入ったのが高野山。

高野山にどんな山があるのかすら知らなかったのだけれど、調べてみると標高はせいぜい 1000m で、直近でも積雪はそれほど大したことが無さそうだった。

それに電車の駅からのロングルートが設定できそうで、もうこれしかないと思った。

設定したルートは、南海(JR)の橋本駅をスタートして黒河道(くろこみち)というルートで高野山に上がって、高野三山を周回。

その後、金剛峯寺を通って天狗岳に登って、京大坂道(きょうおおさかみち)を下る。

京大坂道は極楽橋から下はずっと車道のようだけれど、ランナーの端くれならやはりここは走って橋本駅まで戻るしかないだろう。

40km くらいにはなりそうだけれど、久しぶりにワクワクしながら始発電車で暗い中を出かけた。



橋本駅前で準備を整えて、出発したのは7時7分くらいだった。

気温は低かったけれど、今日はわりと走れるパートが多いのではないかと思って、上は長袖クロロファイバーシャツにトレラン用長袖ジップシャツ。下はロングタイツのみにした。シューズは HOKA の Stinson ATR。

橋本橋で紀ノ川を渡る。

DSC_0003.jpg

南海の高野線の踏み切りを渡るといきなり細道に入るようで、ちょっと迷ったけれど、すぐに世界遺産登録ののぼりなどがたくさん出てきた。

DSC_0004.jpg

道は車道(と言っても細いコンクリート舗装の坂道)になったり土道になったり。

DSC_0007.jpg

少し登ると見晴台に出た。

昨年、何度か足をはこんだダイトレの紀見峠から岩湧山の稜線。

DSC_0012.jpg

登山道は杉の枯れ葉がたくさん落ちていて、登山者は少なそうな気配だ。比叡山の登山道のようなものをイメージしてきたのだけれど、ずいぶん雰囲気が違う。

DSC_0013.jpg

「黒河道」と言っても一本道ではなく、途中で分かれている所が何カ所かある。どちらへ行っても先では合流するのだけれど、距離や歩きやすさなどは違いがあるようだ。

今回はあらかじめ、最短距離のルートを gps に入れてきた。

よくわからなかったのが明神ヶ田和という分岐で、予定のルートはずっと下っている。ここまできてこんなに下りが続くというのは思っていなかったので(調べていればわかったことなのだが)、少し不安を感じたけれど、所々に道標はあるので、沢沿いの道を下りて行った。部分的には足を滑らせると沢に落ちてしまうような箇所もあった。

DSC_0019.jpg

高野山はわりとクマがよく出没するらしい。冬は大丈夫だと思うけれど、山スキーへ行っていた頃に3月の乗鞍周辺で何度もクマに遭遇しているので、注意は必要だ。

DSC_0026.jpg

出発して2時間半で久保小学校(廃校)に到着した。

DSC_0031.jpg

10 時 20 分に、ようやく今日最初のピークの雪池山(ゆきいけやま)への分岐に着いた。

DSC_0037.jpg

このあと、少し登って四等三角点のあった所で、今日初めて腰を下ろしておにぎり休憩にした。

樹林帯で展望がきかないので、ここが雪池山の山頂かと思っていたのだけれど、実は山頂はもう少し先だった。

ピーク(988m)へはなかなかの急登で、おまけに踏み跡もあまりはっきりせず、わずかではあったけれど息を上げて登った。

DSC_0042.jpg

ほとんど 1000m だと言うのに、雪はほとんど無い。緯度がほとんど同じくらいの大峰は、最近の豪雪の前でも 1000m まで上がればかなり雪が現れてきていたのに、どういうことなのだろう。おまけに北斜面だと言うのに。

予定ではこのまま南下して楊柳山(ようりゅうやま)の方へ向かうつもりだった。

実はその方向に踏み跡があったのだけれど、そちらは方向がおかしいと思い込んでいて、実は変な方向にあったテープマークに引かれてそちらへ下りてしまった。

少し下りて方向がおかしいということに気が付いたのだけれど、あの急登をまた登り返す気力が出ず、ピークを巻いて元の道に戻ることにした。

無事、黒河道に戻って、南へ向かう。平坦な道だ。

途中、雪池山への分岐の標識があったので、あの踏み跡を辿ればここに出てきたのかも知れないと思った。

楊柳山への分岐の子継峠(こつぎとうげ)に到着。

DSC_0044.jpg

この先で、今日初めて単独行の登山者に出会った。

楊柳山(1008.6m)には 11 時 27 分に到着した。出発して4時間 20 分。

写真を撮っただけで先を急いで、11 時 52 分に摩尼山(まにやま、1004m)。

DSC_0051.jpg

ここから一旦、弘法大師廊へ下る。どういうわけかこのあたりはわりと積雪がある。

DSC_0060.jpg

地形図ではこのあたりから左へ、転軸山(てんじくやま)へ上がる道があるのだが、その登り口がわからない。

さすがにこのあたりは観光客で混雑していて、こんな所にこんな場違いな格好でウロウロしていたくない。

この左(西側)の転軸山の斜面のあたりに古いお墓がたくさん建っている所があったので、そこに突入して行った。

ヤブはそれほど濃くなかったので、そのまま強引に gps のルートの方向に上がって行った。

ほどなく、かすかな踏み跡に合流した。

それを辿ると、無事、転軸山の山頂(915m)に出ることができた。

DSC_0063.jpg

さて、これで今日のメインイベントの高野三山を巡ることができた。

できれば 12 時には高野山の街に出たかったのだけれど、街に出るのは午後1時くらいになりそうだ。

金剛峯寺までの道は以外とわかりにくかった。一度は大きな公園に入ってしまって、分岐に戻るのが面倒で車道脇のヤブを這いずり上がった。まさか街中でヤブこぎをすることになるとは思わなかった。

当たり前と言えば当たり前なのだけれど、宗教色の強い街だ。

立派な建物がたくさんあって、これだけの施設を維持しようと思ったら、財テクでもやらないと資金繰りが大変なのかもと思ったりした。

DSC_0070.jpg

メインストリートを西に向かって大門へ。

DSC_0074.jpg

そして最後のピークの弁天岳へ向かう。

DSC_0075.jpg

ここの登りはなかなか苦しかったが、午後1時 45 分に弁天岳山頂(984.2m)に到着した。

DSC_0080.jpg

登山道で女人堂に下りる。女人禁制の時代の名残。

DSC_0083.jpg

あとは京大坂道をひたすら下るだけだが、まだ距離はたっぷりある。

DSC_0085.jpg

不動坂は土道の旧道と石畳の道があって、私は旧道を下ったのだが、部分的にはずいぶん荒れていた。

距離的には旧道の方が若干短いけれど、時間的には石畳の道の方が早そうだった。

極楽橋には午後2時 35 分に到着した。

DSC_0096.jpg

ひょっとしたら「ここから電車で」という気持ちが出るかも、と恐れていたけれど、幸いそういう気持ちはまったく湧かず、迷うことなく車道を下った。

DSC_0099.jpg

ここの車道は道幅が狭くて、中型車なら歩行者は思いっきり避けないとすれ違えないくらいなのだが、生活道路などでわりと車が走る。朽木の県道をもっと道幅を狭くしたような感じだ。

途中に見所は所々あって、白藤小学校(廃校)。

DSC_0100.jpg

結構な急坂があったりして、随分下りてきたのだが、進む方向に丘があるのが気になる。

ここは九度山で、丹生神社・日輪寺の前から登り坂が始まった。

DSC_0110.jpg

あとは淡々と下るだけと思っていたので、この期に及んでの登りは気分的に(体力的にも)堪える。

とは言っても登りは 10 分くらいで、峠に上がるともう登りの無い景色が広がっていた。

学文路(かむろ)では苅萱堂へ立ち寄った。

DSC_0120.jpg

最後の悪魔の囁きの学文路駅への誘惑も断ち切って、紀ノ川まで戻ってきた。

DSC_0123.jpg

橋本高野橋を渡って、橋本駅には午後4時 50 分にゴールした。

約 42km、9時間 45 分の旅でした。
posted by まつだ at 16:51| Comment(0) | トレイル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月22日

蓬莱山尾山

日曜日は登山講座で琵琶湖の有人島、沖島の蓬莱山尾山へ行ってきた。

蓬莱山尾山はもちろん行くのも名前を聞くのも初めてで、沖島へ渡るのも初めてだった。



近江八幡からバスで堀切港まで行って、そこから舟で島へ渡る。

DSC_0110.jpg

舟に乗っているのはほんの 10 分程度。

淡水湖にある有人島というのは世界的にもめずらしいそうで、この島には車が無い。それどころか、車が走れるほどの道はほんのわずかしかなく、港から少し離れると家の軒先のような道になってくる。

DSC_0113.jpg

島内の主たる移動手段は後輪が二輪の自転車。

島民の方々は舟と車を所有しておられて、車は対岸の堀切港のそばの駐車場に置かれているらしい。

島内には小学校もある。一体、何人の生徒がいるのだろうか。

DSC_0114.jpg

まずは厳島神社へ。

DSC_0118.jpg

石段を上がるとお堂がある。

DSC_0119.jpg

少し戻って、山道に入る。

DSC_0120.jpg

急登を上がると雪が出てきた。

DSC_0121.jpg

奇妙な形の杉の木が。

DSC_0124.jpg

ちょうど昼頃に蓬莱山尾山(220.2m)に到着して、昼食にした。

DSC_0125.jpg

伊吹や鈴鹿方面の雪景色が素晴らしい。

DSC_0128.jpg

食後は稜線を辿ってケンケン山(210m)へ。

DSC_0130.jpg

ここからは比良方面の眺めがすばらしい。

DSC_0129.jpg

急登を下るとお墓に出た。

DSC_0132.jpg

次の舟便まで少し時間があるので自由行動ということで、私は島の西端にある頭山というでっぱりに向かうことにした。

麓に神社があって、そこの石段を上がって行く。

DSC_0134.jpg

道があったのはここまでで、頭山の頂上に向かう道は無さそうだ。

しかし頂上はもうほんのすぐそこ。

ヤブをかきわけて進もうとするが、なかなかの急傾斜で、真っ直ぐ上には上がれない。

適当に当たりをつけて上がってみたが、大変なヤブに阻まれてここで断念。何となく頂上のように思えた。

DSC_0137.jpg

しかしここからの下りはさらに難渋した。

急なヤブ斜面を強引に上がってきたので、元通りにすんなりとは下れない。

下れそうな斜面を探りながら下りるしかない。

登ってきたルートからはずれていることはわかっていたけれど、もはや戻ることもできない。

滑落だけはしないように、慎重に下りる。

舟の時間が心配だ。

何とか小さな畑の裏に下り立った。出港まであと 15 分。しかしここはどこ?

gps があったおかげで、実は登ってきたのとは反対の北側に下りたということがわかった。

家の間の細い道を辿って、数分で港に戻ることができた。

あとから gps のトラックを見たら、頭山の山頂までは行っていなかった。

DSC_0138.jpg

無事、堀切港に戻ってきたが、何と次のバス便まで1時間以上あるらしい。

船便もバスも一日にほんの数便しか無いというのに、この接続の悪さは何なのだろう。

このバス(近江鉄道バス)はいまだに IC カードも使えず、それにも拘わらず車内では 1000 円札以外の両替ができないなど、サービス最悪である。

時間つぶしに、伊崎の散策路を少し歩くことになった。

DSC_0139.jpg

お地蔵さん、それとも古いお墓?

DSC_0141.jpg

1時間ほどの散策だったが、なかなか気持ちのいい林だった。

沖島はまるで 100 年ほどタイムスリップしたかのような世界で、山も自然な感じが残っていて非常に良かったし、おまけの伊崎もいい雰囲気だった。

なかなか味わい深い、いい一日だった。
ラベル:登山
posted by まつだ at 11:03| Comment(0) | 登山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月21日

枚方高槻古墳めぐり

先週の週末は自由時間が土曜日の午後しかなかったので、久しぶりに淀川のロングジョグかなと思ったりしたのだけれど、そういう単調な走りにはもはや意欲が湧かない。

このところちょっと興味を持っている飛鳥の歴史にしばしば登場する藤原鎌足(中臣鎌足)が埋葬されている可能性が高いと言われている古墳が高槻にあるということを知って、その「阿武山古墳」へ行ってみようと思った。

先月、御破裂山へ行った時に、御破裂山の山頂にあった「藤原鎌足の墓」というのは何なのかという気もするけれど。

DSC_0017.jpg

ずいぶん新しいお墓だった。

DSC_0020.jpg

今日はせっかくなので、枚方の古墳も経由していくことにした。



午後2時に家を出て、まずは家から歩いても 10 分足らずのところにある牧野車塚古墳。もう何度も来ている。

DSC_0082.jpg

以前は案内板が立っていたように思うのだが、見あたらなかった。

次は初めて訪れる禁野(きんや)車塚古墳。

DSC_0084.jpg

公園になっている。

DSC_0087.jpg

しばらく車道を行って、淀川の枚方大橋に向かう。

DSC_0089.jpg

高槻のゴルフ場横を通って、芥川へ。

堤防からは阿武山古墳方面が望める。ただし途中で今城塚古墳と闘鶏山古墳に寄って行くつもり。

DSC_0092.jpg

新幹線を越えて芥川から別れた細い川を遡って、阪急や JR などを越えていかなければならないのだが、JR の踏み切りになかなか出会えず、結局、摂津富田駅の地下道まで遠回りさせられてしまった。

DSC_0093.jpg

次の目標の今城塚古墳は駅前から車道を北上すれば出られるので、そのまま車道を行く。片側1車線の細い道だが、バスも通って交通量が多い。しかも歩道が無いという最悪の道だ。

今城塚古墳に着いた時はほとんど4時になっていた。

DSC_0094.jpg

DSC_0095.jpg

ここは大きな古墳で、考古学的には継体天皇の墓という説が有力なのだが、宮内庁はここから少し南西にある古墳を継体天皇稜に治定している。

おかげでこの古墳は公園として整備されていて、墳丘も立ち入り自由になっている。

DSC_0102.jpg

埴輪がたくさん出土したらしい。

DSC_0105.jpg

これらはもちろんレプリカ。

時間的に、このまま予定のコースを行くと、帰るのは確実に暗くなる。

となると、古墳をゆっくりと見る余裕も無く、あわただしく駆け抜けることになってしまいそうだ。

せっかくここまで来たけれど、阿武山古墳は時間を取ってゆっくりしたいので、この先はまた日を改めて来ることにしようと思った。

あの交通量の多い道は摂津富田駅に向かって車が渋滞していた。止まっている車の横ギリギリをすり抜けながら(もちろん歩きで)、遠回りにならないような道を選んで芥川に向かった。

5時過ぎにようやく枚方の河川敷公園まで戻ってきた。

DSC_0109.jpg

家に帰り着いたのは5時 40 分。何とか暗くなる前に帰ることができた。

30km 少々、3時間 45 分の古墳めぐりでした。

次回は枚方の古墳は割愛して、継体天皇陵にも立ち寄って回ってみたいと思う。
posted by まつだ at 14:24| Comment(0) | トレイル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。