2016年04月30日

南山城村

キャノンボールランを一緒に走った女性が南山城村の野殿に別邸を持っている。

ご招待をいただいたので、陸上クラブの仲間と4人で昨日、訪ねてきた。もちろん練習も兼ねて。

このあたりは東海自然歩道やマラニックの大会などで何度も訪れたことがあり、個人的には好みのエリアだ。

私以外の3人は枚方から車で行くことになっていたが、私はせっかくなので自分の足で走りたいと思って、加茂駅をスタートして和束経由で東海自然歩道を童仙房に上がることにした。



しばらく暖かい日が続いていたのが一転して非常に寒い朝だった。軽いベストの上にライトジャケットを着て出かけた。

しかし走れば暖まりそうな感じだったので、薄いノースリーブと長袖シャツ、ヒザ下までのタイツで7時過ぎに加茂駅を出発した。

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恭仁大橋で木津川を渡る。

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和束へ向かう車道は狭い割には車が多く、歩道もほとんど無くて、ギリギリを高速で走り抜けていく車が多くて非常に恐い。ここはちょっと広い場所だったので写真が撮れたけれど。

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しばらく行くと対岸に弥勒磨崖仏。

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出発して1時間弱でようやく和束に到着した。こんな道はもう二度と走りたくない。

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かつてマラニックの大会を走った時のトラックでルートを調べてきたので、無事東海自然歩道に入ることができた。

茶畑の間を歩きで登る。

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上がるにつれて足元に和束の街並みが見下ろせるようになる。

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しかし童仙房まではまだまだ遠い。野殿に9時半くらいの予定だが、間に合うだろうか。

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山の上の方まで随所に茶畑が作られている。

峠を越えて少し下ると、童仙房への車道に出た。9時過ぎだった。

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距離はまだあるけれどあとは単調な車道だけなので、9時半には間に合うのではないかと思った。

ないおん寺、と読むらしい。

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童仙房小学校を9時20分に通過。

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野殿まであと 3km の標識があった。9時半はちょっと厳しそうだ。

電話連絡しようと思ったけれど、圏外だった。

このあと、まったく記憶に無い登りが出てきた。歩くしかない。

下りになってしばらく行くと、そばに携帯の基地のようなアンテナが見えた。案の定、電話が通じたので、すぐ近くまで来ているということを伝えた。

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9時40分にようやく到着。車組もちょうど同時の到着だった。加茂駅からほぼ 20km だった。

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私は一息入れて、他の3人は走る準備をして、10時08分にマラニック午前の部に出発。

しばらくほぼフラットな車道を行ってからトレイルに入って、不動の滝へ。

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南山城村はこのあたりの自然を観光資源として活用したいと考えているそうだが、あまり整備されているようには見えない。

ただ、おかげであまり俗化していなくて、自然のままが残っている感じで、個人的にはその方がいいと感じる。

六所神社にお参り。

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8.5km ほどを、途中でワラビ摂りをしながら1時間15分ほどかけて走った。

昼食は自家栽培の野菜と味噌煮込みうどん。そして自家製ピザをたっぷりいただいて、満腹になった。

コーヒーをいただいて、いささか食べ過ぎという感じで1時40分に午後の部スタート。

天気は曇り時々晴れという感じで、風があると結構寒い。

今度は三国越街道を東へ向かう。

序盤は登りで、まずは展望台へ。

月ヶ瀬方面や、

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伊賀上野の街並みなど。

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あとはずっと下り。

ちょっと横道にそれて動岩(ゆるぎ岩)。

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そして梨割岩(なしわり岩)。

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他にもいくつか大きな岩があるようだ。

どんどん下っていくが、私自身はいささか不安になってきた。いずれどこかで戻らなければならないので、下れば下るほど登りが多くなる。

今日のメンバーは全員私以上の走力で、おまけに私はすでに 20km ほど余分に走ってきている。

1時間ちょっと、距離にして 6km 少々行ったあたりで戻ることになった。

何とか遅れないように走る。『これは練習』と気持ちを切り替える。

2km ほど戻ったところで距離をかせぐために横道に入る。『後は一人で帰る』というセリフがノド元まで出てきていたけれど、何とか飲み込んでみんなに着いていった。

気持ちが切り替わってから身体が慣れてきたのか、スピードは上がらないもののキツさは薄れてきた。

また適当なところで折り返して、15km 弱で2時間足らずのジョグを終了した。

帰りは車に便乗させてもらって島ヶ原温泉で汗を流して、8時過ぎに家に帰ってきた。

アプローチで 20km ほど走ったおかげでトータル 40km を越す距離になって、おまけに午後の部は私にとってはなかなかの強度だったので、いい練習になったと思う。
ラベル:マラニック
posted by まつだ at 11:18| Comment(0) | マラニック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月24日

廃村八丁、品谷山、小野村割岳

中学2年の時になぜかワンダーフォーゲル部に入って山に登り始めた。

とは言っても山へ行くのはほぼ月1回の例会のみ。それも雨だと中止になるので、年間の山行回数は 10 回くらいだったと思う。

夏山は常念岳や白山に行ったけれど、普段行くのは京都の北山だ。

その頃のバイブルは『京都周辺の山々』というガイドブックだった。

このガイドブックで非常に興味をそそられたのが高層湿原の八丁平と土蔵の残る廃村八丁。

その頃の中学生にとっては京都の北山と言えども八丁平や廃村八丁は最果ての地だった。

幸い、八丁平へは行く機会に恵まれたけれど、廃村八丁は結局その後も足を踏み入れることの無いまま、今日まで過ごしてきた。

バス便はあるけれど、1日3本しかない。2時間近く乗らなければならないので、もし座れなかったりしたらそれだけで疲れ果ててしまいそうだ。

車で行けばいいのだけれど、京都市内を通過しなければならないので、帰りの渋滞を考えるとなかなか思い切れない。

しかしここ3年ほど近場ですっきりしたロングルートはかなりトレースしてしまった感があるので、これからは不便で辺鄙な所に進出するしかない。

と言うことで、長年の憧れだった廃村八丁へ向かうことにした。もはや土蔵は残っていないけれど、どんな雰囲気の所なのか、この目で確かめてみたい。

そう思って、覚悟を決めて車で出かけた。



家からほぼ2時間で登山口の菅原に到着して、8時半に歩き始めた。以外と寒い。ノースリーブのアンダーを着てきて良かった。

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朽ちた道標で気分は上々。

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廃村八丁までは楽勝と思っていたし、始めのうちは道もはっきりしていた。

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しかし間も無く道は不明瞭になり、沢筋はかなり荒れていた。

今日のシューズは salomon の crossmax。このシューズはソールのブロックが硬くてしっかりしているので、通常の山道ならかなり安心して歩ける。

しかし沢筋の濡れた岩というような状況になるとこの特徴が逆効果になって、とにかくよく滑る。こういう特性がまだよくわかっていなかった頃、沢を渡るときに何気なしに出した足が滑って、激しく転倒したことがある。

沢を渡る時はとにかく慎重に足を出した。

テープを目印に進んだのだが、いつの間にやらルートをはずしていた。gps で確認すると、本来のルートよりも北に行きすぎているようだ。

斜面をへつって本来のルートに合流しようとしたが、急な斜面に行き詰まってしまった。テープも見あたらない。

少し戻って何とか下れそうな斜面をずり落ちて、沢に下りついた。

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写真では何と言うことの無い斜面に見えるけれど、なかなか緊張を強いられる下りだった。

沢筋をつめて行ったが、本来のルートはさらにこの南側の稜線のようだ。しかし南側の斜面もなかなかの傾斜で手強そう。

このまま沢をつめると合流できそうな感じだったので先へ進んだところ、ようやく本来の道に出会えた。

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ダンノ峠までは1時間近くかかってしまった。

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ここからは八丁平を思い出させるおだやかな地形で、小さな沢を何度も渡りながら先へ進んだ。

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突然、建物が現れたが、同志社大学の研究施設らしい。

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ここから先はこれも印象に残る名称の四郎五郎峠へ向かう。しかし峠への取り付きはまたわかりにくかった。

廃村八丁への道はかなりしっかりしていると予想していたので、この状況はまったくの想定外だった。

ほどなく四郎五郎峠に到着。

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つづら折れを下ってしばらく行って、10時8分にようやく廃村八丁へ到着した。

かつての建物の石の土台がいくつか残っている。

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山小屋があるが、施錠されている。

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そのすぐそばには土蔵の跡。

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定住者があったのは昭和の初期までだそうだが、それにしてもこんな場所に定住者がいたというのは今の感覚では信じられない感じだ。

このあたりは森林資源が豊富で、地元の地域間の争いが絶えなかったらしい。

その時代は今のように電気、ガス、電話なども普及していないし、交通機関も限られている。そんな時代なら水には困らない場所で、金になる森林資源が身近にある場所に住もうという発想はあながち突飛なものではなかったのかも知れない。

ただ、冬の厳しさは相当なものだったようで、廃村になったきっかけも豪雪で集落が孤立してしまったことが大きな要因だったとか。

ここの廃村の土台の石組みというのは、城跡の石組みが残っているのを見るのとはまったく違った印象で、殿様の生活というのはどう考えても自分とはつながらないけれど、ここの人たちのかつての生活はどこかでわずかながらもつながっているのではないかと思わせる雰囲気を漂わせている。

丸太に腰を下ろしてジェルを補給して、品谷山へ向かう。

品谷山へは目の前の沢を渡らなければならないのだが、渡渉地点が見あたらない。仕方無く少し上流へ戻って、浅瀬伝いに渡れそうな所で渡ることにした。

石を飛ぶのは危ないので、多少の濡れは覚悟して流れの浅そうな箇所に足を置く。それでも案の定、足を滑らせて、転倒は免れたものの、シューズは流れに沈没した。

まぁこういうことはトレランでは覚悟の上だ。そのために濡れても冷えない、不快感の少ないソックスを履いてきている。

道は不明瞭だが、ほどなく沢が細くなって、自然と流れのそばを登るようになった。

今日は誰にも会わないと思っていたら、上から二人の男性が下ってきた。年は私よりは若そうだが、かなりのベテランという感じだった。

沢筋から離れて急な斜面を這い上がって、品谷峠へ到着。

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ようやく道がおだやかになって、はっきりしてきた。稜線を行くようになったが、木が多くて展望はあまり無い。

品谷山(880.7m)へは11時前に到着した。

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稜線をしばらく行くと、今日初めて少し展望の得られる場所に出た。見えているのは南の方角だが、どこの山かはわからない。

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少し下ると十数人の中高年団体が上がってきた。

ダンノ峠への分岐点。

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少し下ると今度は少し年代層の若い女性主体の10人ほどの団体が上がってきた。トップはいかにもガイドという雰囲気の男性。

佐々里峠手前には電波中継塔が立っていた。

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品谷山を出て35分くらいで佐々里峠に降り立った。

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道路を渡った先の道がよくわからなかったが、駐車スペースの奥から階段が上がっていた。

地図のルートより少し手前に小野村割岳への分岐が出てきたので、そちらへ向かう。

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しかしすぐに元の道とまた合流して、その少し先にまた分岐があった。

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ここからは杉の巨木がいくつかあるらしい。

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12時を過ぎているので、こんな木に腰掛けておにぎり休憩にした。

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ほどなく巨大杉。

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雷杉の所には家族連れのような集団がいた。

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この道は私の持っている登山地図では破線の不明瞭ルートになっているが、私の印象では実線表記の廃村八丁への道よりはるかにしっかりしている。天気さえ悪くなければ迷う心配の無さそうな道だ。

これはブナ?

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小野村割岳(931.7m)には13時10分に到着した。

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当初の予定では三国岳まで行って、久多へ下りて車道で戻る計画だったのだが、そちらへ行ってしまうと途中でショートカットできるルートが無い。時間的にもかなり厳しそうだ。

車道まで下りてしまえば暗くなっても大丈夫だろうが、今日はそこまでモチベーションが高くない。

まだ時間は残っているけれど、今日はここからすんなりと南へ下りることにした。

少し下った所で少しだけイワウチワ。

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15分ほどでしっかりした道に出た。

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地図では林道のような表記になっているので、車が通れるくらいの道かと思っていたのだが、実はどんでもなく荒れていて、元林道という方がふさわしい。手入れなどまったくされていない。

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少し下ると変わった滝。

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もう少し下るとまた滝。

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さらに下るとゲートがあって、ここからは少しまともな道になった。

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猟銃を持った人がいてちょっとびびったが、2時半過ぎに車の場所に戻ることができた。

今日は行動時間が6時間くらいで、距離も 20km 少々というところ。不完全燃焼と言えば不完全燃焼だったけれど、ルートが不明瞭なコースへ行く時はあまり距離は欲張らずに、堅実に歩くということを最重視した方がいいように思った。

比叡山北方稜線へ行った1回目もそうだったけれど、今日も結果的にはこれで良かったのだろうと自分に言い聞かせている。

帰りの車も恐れたほどの渋滞にはならず、5時過ぎには家に帰ってくることができた。

また車利用で残った宿題に取り組んでみようと思う。
ラベル:登山
posted by まつだ at 22:41| Comment(0) | 登山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月22日

菜の花とシャクナゲ園

昨日は文化教室の花を見る講座があった。どういう風の吹き回しか、今月から随行を担当することになった。

これまで半年ほどはずっと好天だったそうだが、担当が私に変わったとたんに雨。天気予報ではかなり荒れると予想されていたが、朝9時に京都駅を貸し切りバスで出発した時はまだ降っていなかった。

が、走り出すやいなや、バスのフロントガラスに雨粒が。

しかしさほど雨脚が強くなることはなく、最初の目的地の菜の花園に1時間半ほどで到着した。

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ここは東近江市(八日市市という市は合併で無くなっている)の『あいとうマーガレットステーション』という道の駅に併設されている『あいとうエコプラザ「菜の花館」』が管理している畑で、「菜の花館」は資源循環型の地域づくりを進める拠点施設になっている。

全国に広がる「菜の花エコプロジェクト」はここから始まったとのこと。

ここで採取された菜の花から油や石けんなどを作って売り出しているらしい。

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道の駅のすぐそばには梨園もある。

ちょうど花が満開で(数日前はもっときれいだったとか)、京阪神エリアで梨の花が咲いている所を見られる場所はあまり多くはないらしい。

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昼食後は村田製作所の八日市事業所の所内にあって、一般無料公開しているシャクナゲ園に行った。

200 種以上、1000 本くらいのシャクナゲがあって、種類によって開花時期の違いはあるものの、おおむね見頃のシーズンだったようだ。

あまりにも種類が多く、私にはその違いや値打ちなどはほとんどわからない。

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登山の随行に比べると仕事量がはるかに多く、常に時間を気にしていなければならないので、最初に思ったほど楽しいものではなかったけれど、花の知識を得たいと思いながらもなかなかその成果が得られない私にとっては、得るものも大きい仕事だということは実感した。
posted by まつだ at 11:24| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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