2017年05月29日

鳩ヶ峰、樟葉宮跡

翌日に陸上クラブのマラニック大会を控えた土曜の午後、疲れをあまり残さないようにということで、近場でまだ訪れたことの無い場所を訪ねてみることにした。



男山から石清水八幡宮への丘陵地は、マラソン全盛期の頃は淀川と並んで練習のメインコースだった。その頃は今よりも男山に近い場所のマンションに住んでいたので、ちょうど丘陵地の稜線にあたる道路で片道約 5km のコースを設定して、週末にはそこを3往復やるのが定番メニューだった。何カ所か信号があるけれど、その当時はそんなこともそれほど気にならなかった。

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結婚前の一時期、門真の方に職場があったので、このあたりには2年半ほど住んでいたことがある。その頃は山は細々とはやっていたけれど、ランニングはまだやっていなかった。

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石清水八幡宮に西側から上がる道は、急な登りになっている。ここを息を切らせて上がるのがポイントだったのだけれど、今はロードの練習に急な登り坂はあまり意味が無いんじゃないかと思っている。

この丘陵で一番標高が高いのが鳩ヶ峰という山なのだけれど、実はこれまで山頂に行ったことが無い。そもそも最近まで、どこに山頂があるのかということすら知らなかった。

何となく石清水八幡宮のエリアの中にあるんじゃないかと思っていたのだけれど、実は少し西に離れた場所にあった。

急坂を上がりきると北側(左側)にグラウンドがあるのだけれど(ここは昔からあった)、この横からハイキング道路が出ている。

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このエリアに入ってすぐのところに左側に標識が立っていたのだけれど、それに気付かずに駐車場の奥まで行ってしまった。

向こうの方に標識が見えたので、それが案内標識だろうと思って近づいたら・・・

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この左に斜面を上がっている踏み跡があったので、それを辿ってみたら、しっかりした道に出会った。

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この階段を上がった所が鳩ヶ峰の山頂(142.5m)だった。三角点がある。

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山頂には祠とお寺の跡(鳩峰国分寺跡)があった。

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下山は正しい道で。

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実は立派な標識が立っていました。

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昔はこのあたりは鬱蒼とした竹林だったのだけれど、宅地開発されて、随分眺めが良くなっている。交野の山や生駒が望める。明日のマラニックは交野山へ。

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次なる目的地は樟葉宮跡だったのだけれど、思いのほか近くに和気神社という神社があった。

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そばには足立寺(そくりゅうじ)史跡公園。

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奈良時代に瓦や土器を焼いた窯の跡。

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実はこの時、ここが樟葉宮跡と錯覚していたのだけれど、どうも様子が違う。スマホの地図で確認してみたら、やはり樟葉宮跡はもう少し南だった。

住宅街を適当に行って、木が茂っているエリアに近づくと、ようやくありました。

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鳥居をくぐって中に入ります。

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交野天神社(かたのてんじんじゃ)。

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一瞬、これで帰りそうになってしまったのだけれど、入り口の案内板をもう一度読むと、樟葉宮跡はこの本殿の向こうにあるということがわかって、あわてて戻った。

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貴船神社。

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継体天皇が 507 年に即位したのはこのあたりと伝えられている。

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ここの杜はわりと大きくて、こんな住宅街の中にこんな閑静な林が残っているというのは不思議な感じ。何か異次元の世界に迷い込んだかのような不思議な感覚を覚える場所だった。

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そして少し南に鏡伝池(きょうでんいけ)。

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これで今日の目的地はすべて終了。

好日山荘の 500 円割引券があったので樟葉駅の店に寄ってみたけれど、3000 円以上買わないと使えないので、結局何も買わずに出た。

最後のおまけは家の近くの片埜神社(かたのじんじゃ)。

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いつもただ境内を通り抜けるだけなのだけれど、実は本殿は重要文化財で(この写真の向こう側にある)、かなり歴史のある神社らしい。写真を撮ったのはたぶん初めて。

このあたりにはもう 30 年以上住んでいるけれど、私にとって新鮮な場所はまだまだ残っていると感じた日でした。
タグ:街中ラン
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2017年05月22日

リトル比良

昨日(5/21)は随行でリトル比良へ行ってきた。とにかく暑い日だった。



リトル比良は何度か歩いているけれど、直近でももう 10 年以上前。はっきりした記憶は無い。

出発時に思いがけないハプニングが発生!!。参加者のチェックを済ませたはずなのに、いざ出ようとすると一人足らない。

この日、初めて参加された方がおられて、同じ方向に向かう別のグループに付いて行かれてしまったようで、幸い連絡がついたので途中で待っていただいて、無事合流できた。

目指す岳山(だけやま)を望む。

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登山口の長谷寺。すでに気温が高い。

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少し登って、賽の河原。まったく記憶に無い。

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白坂に寄り道。

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「弁慶の切石」。この後もこのコースは随所に巨岩があった。

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岳観音堂跡。瓦がたくさん落ちていたけれど、わりと新しい感じがした。

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暑さのせいか、熱中症ぎみの方が出てきた。休憩を取りながらゆっくり登る。

岳山山頂そばの石造観音三尊。

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そして岳山山頂(565m)。

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もっと開けて展望のある場所だったような印象があるのだけれど、まったく違っていた。

少し下ったコルのような場所で昼食にした。

昼食後はオウム岩で展望を楽しむ。一番高い山は武奈ガ岳。

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これは琵琶湖方面。まだ黄砂の影響が残っているのか、遠方はすっきりしない。

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ヒメシャガ。随分めずらしいらしい。

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主稜線から分かれて見張山方面へ向かう。

鳥越峰(702m)は何の標識も無かった。

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この稜線は歩く人が少ないようで、倒木がたくさんあって道がわかりにくい。数年前までは明瞭なしっかりした道だったそうだけれど。

「鉄砲岩」。

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「ろくは石」。

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見張山(517.3m)は三角点がある。

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少し道をそれて長法寺跡に寄り道。随分大きな寺だったらしい。平安時代から室町時代に栄えたとか。

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展望場所からは2月に訪れた沖島

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「馬の足」。

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ちょうど下りた所にタニウツギ。

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4時前に日吉神社に下山した。

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近年は5月にこういう夏日になることがしばしばあるように感じる。

山で暑さにやられるようなことはほとんど無いけれど、基本的に暑い季節は苦手なので、いやな季節がやってきたという感じ。

涼しい所へ脱出したい。
タグ:登山
posted by まつだ at 17:07| Comment(0) | 登山 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月16日

橿原、明日香村、遺跡めぐり

日曜日(5/14)は好天で絶好の外出日和だった。

まるまる一日出られるのは今月はこの日が最後で、本来なら山へ行きたいところだったのだけれど、その前が1日おきに3回随行が続いて、前日の土曜日は久しぶりに本降りの雨だったので、行き先に迷ったあげく、土曜日の夕方になってようやく奈良の遺跡めぐりということにした。

このところガラにもなく、何故か古代史に興味を感じている。

きっかけは今年の1月に花の講座の下見で明日香村に行った時で、飛鳥坐神社や飛鳥寺などを歩いている時、なぜか心がざわめくのを感じた。

ヤマト民族の血が騒ぎ出したのかも知れない。

その後、大和三山御破裂山、竜門岳、音羽三山に行ったけれど、遺跡が主目的ではなかった。

一度、明日香村をじっくりと歩いてみたいと思っていたので、ちょうどそのタイミングかなと思った。



橿原考古学研究所付属博物館の開館9時に合わせて、9時ちょっと過ぎに到着した。

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日曜日でもこの時間なら人は少ないだろうと思っていたら、何と日曜日だというのに小学生の団体にかち合わせてしまった。

ただ、わりとマナーのいい集団だったので、あまり不快な感じになることは無かった。

たまたま特別展を開催している期間だったので、通常なら 500 円の入場料が 800 円取られてしまった。特別展のテーマは「弥生絵画」で、ここまで古くなると私の興味の対象ではないのだけれど、いらないというわけにはいかない。

キトラ古墳の発掘のビデオなどはなかなか見応えがあった。

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小学生の団体は 50 分くらいで出て行って、私は1時間半ほどここで過ごした。

外に出て、走れるウエアにして、ジョグで丸山古墳を目指す。何故か突然雨粒が落ちてきたけれど、すぐに収まった。

右手に畝傍山。

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古墳でいつもとまどうのは、だいたいにおいて正面がどこかという標識がほとんど無く、大きな古墳のまわりをぐるっと廻らされるはめになることがしばしばあるということだ。

地図と gps で場所を確認しながら進んだけれど、行き過ぎたかと思って、少し戻って細い道を上がって、「史跡 丸山古墳」という古い標識で土道を上がったところ、ただの雑草原に出てしまった。

どうも前方後円墳の前方部の先端に上がったようで、後円部はかなり先に見えている。何せ全長 318m という巨大な古墳なのだ。

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踏み跡の無い草むらを強引に後円部まで行った。下りた場所には案内板が立っていて、ツアーか何かで来ている人たちが何人かいた。

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石棺が二つあったことが確認されており、考古学的には欽明天皇と妃の堅塩媛(きたしひめ)の可能性があるとの説。

次はすぐ西にある植山古墳。ここもどこから近づけばいいのかよくわからなかったけれど、そばにある春日神社の境内が石段を上がった所にあるので、そこへ上がってみたところ、期待通り、植山古墳の上に出ることができた。

古墳の形状はよくわからないが、整備されていて墳頂部からの畝傍山の眺めは美しい。さらに向こうには二上山。

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ここも石室が二つあることが確認されており、考古学的には推古天皇と子息の竹田皇子の合葬墓という説がある。その後、科長の大陵に改葬されたとか。

このあとは住宅街の道をできるだけショートカットしながら欽明天皇陵を目指す。

正面がどこかわからず、またもや通り過ぎそうに思ったので適当に細い道に入ったら、さらに細い道が上がっていて、吉備姫皇女王墓に出た。

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ここには猿石がある(全部で4体ある)。もともとは田んぼから掘り出されたものがここに置かれているらしい。

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この横を通って、欽明天皇陵(梅山古墳)。

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正面の石段を下ったら、何とさっき通った道ではないか。

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こんなものを見落とすなんて、いったいどこに目をつけているんだ!!

次は近鉄吉野線の西側にある牽牛子塚古墳(けんごしつかこふん)を目指す。

変なところに迷い込んだりしながら走っていたら、「岩屋山古墳」という標識を発見。

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石段を上がると石室がまる出し。

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さらに横から墳頂に上がれる。

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牽牛子塚古墳への標識に導かれて、ようやく見えてきた。

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墳丘はシートがかぶされているが、石室を眺めることはできる。

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巨石をくりぬいて造られたツインベッドの石室で、斉明天皇(皇極天皇)と娘の間人皇女(はしひとのひめみこ)の合葬墓という説がある。

牽牛子塚古墳は思ったよりも遠かった。さて、次なる目標はマルコ山古墳。

何とか線路まで戻らずに近道しようと南へ向かって、うまくすぐそばまで来ていながらわからなくなって線路に出てしまって、結局また戻るということを繰り返して、30 分以上かかってようやくマルコ山古墳に到着した。

古墳のすぐそばまで、まったく標識が無かった。ずいぶん有名な古墳だというのに。

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古墳のそばにトイレと休憩場所があったので、そこで腰を下ろしておにぎり休憩にした。

時間はすでに 12 時半を過ぎている。

当初は明日香村だけでは時間を持て余すのではないかと思って、桜井まで足を延ばすことを考えていたのだけれど、この様子ではそれはムリそうだ。それよりも明日香村をじっくり歩いた方が良さそうに思った。

次なる目標は天武・持統天皇陵。飛鳥駅前を通って、しばらく車道を行く。

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国営飛鳥歴史公園というのがあって、入場無料だったので入ってみたが、花の写真が展示されているくらいで、見るべきものは見あたらなかった。

しかし「鬼の俎・鬼の雪隠」の標識があったので、そこに寄ってみることにした。

思ったよりも遠かったが、まずは「鬼の雪隠」。

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少し上に「鬼の俎」

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元々は古墳の石室だったものらしい。序盤に訪れた欽明天皇陵はすぐ近く。

このまま進めば天武・持統天皇陵に行けるのではないかと思ったけれど、標識にはそういう表記が無かったので、いったん国営飛鳥歴史公園に戻った。

緩い登り坂をスロージョグで進んで、天武・持統天皇陵(野口王墓)に到着。

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墓が荒らされた時の様子から、実際に天武・持統天皇だったのだろうと言われており、治定が信頼できる数少ない古代の陵墓の一つである。

さらに北に向かって菖蒲池古墳。

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家形石棺が2基据えられており、いずれも非常に精巧な造りで、かなり特異な石棺とのこと。

さて、これからは明日香村の核心部へ。

まずは亀石。

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カメというよりはカエル。時期も目的も不明。このあたりから観光客が増えてきた。

いつも前を素通りしている橘寺に寄ってみたけれど、入山料がいるのでパス。

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多武峰(とうのみね)。明日香村のこういう風景が好きだ。三方を山に囲まれた京都に生まれ育ったせいもあるのかも。

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伝飛鳥板蓋宮跡(でんあすかいたぶきのみや)。7世紀中頃、皇極天皇が営んだ皇居の跡と言われている。

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そして酒船石へ。

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詳細は不明だけれど、工事好きだった斉明天皇が残したものかも・・・。

亀形石造物は有料なのでパス。

せっかくなので万葉文化館に入ってみた。花の講座の時に訪れているけれど、その時は中には入っていない。

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無料なので中を見て回ったけれど、まぁこんなもののかという感じ。時間つぶしにはなるかも。

そして、花の講座の下見の時も来たはずなのだけれど、あまり記憶に残っていない大原神社へ。

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ここは藤原鎌足の誕生地。ここの奥の竹田川のほとりには「藤原鎌足産湯の井戸」。

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飛鳥坐神社方向に少し行くと藤原鎌足の母の大伴夫人の墓。

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そして飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)。

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本堂の奥にもいろいろとあった。

飛鳥寺も中には入らず。

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そして蘇我入鹿首塚。背景は蘇我蝦夷、入鹿が豪邸を構えた甘樫丘(あまかしのおか)。

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建てられたのは鎌倉か南北朝あたりとのこと。

明日香村めぐりもいよいよ終盤へ。

甘樫丘の麓でトイレ休憩。

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大和三山へ行った時に、寄りたかったけれどよくわからなくて通り過ぎてしまった豊浦寺(とゆらじ)跡の向原寺(こうげんじ)へ。

そのすぐそばに難波池。

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そして向原寺。

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うろうろしながら実は向原寺のすぐそばにあった甘樫坐神社(あまかしにますじんじゃ)。推古天皇が祭られている。

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想定していた箇所はこれでお終いだったけれど、橿原神宮駅へ向かう途中にある孝元天皇陵に寄って行くことにする。

またもや正面がどこかわからず、すぐそばの住宅街で地元の人に陵墓を指さして「この天皇陵の正面はどこですか?」と尋ねたら、「それなに?」というお返事。家のすぐそばにある森が天皇陵であるということをご存じなかったようだ。

ぐるっと廻ってようやく入り口を発見。

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「孝元天皇」という名前は聞いたことが無いなぁと思って、帰ってから調べてみたら、いわゆる「欠史八代」の一人の第8代天皇だった。

橿原神宮前駅には午後4時前に到着した。何だかんだで 25km ほどの行程だった。

ほとんど車道の平地ばかりなのでそれほどの疲労感は感じなかったのだけれど、風呂上がりのいつものタイミングで体重を量ったら、久しぶりに 50kg を割っていた。小辺路の後でもそこまでは落ちなかったのだけれど。

それにしても期待以上に楽しい一日でした。
タグ:街中ラン
posted by まつだ at 21:19| Comment(0) | 街中ラン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする